2009年10月09日

Billie Holiday: Solitude (Verve)

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ビリー・ホリデイのヴァーヴ契約後の初吹き込みは'52年4月ごろということを前回の記事で書きましたが、実際紹介したCDはこの吹き込みのものではなくて、JATPとのライブ集でした。今日紹介するCDこそ、'52年の初吹き込みと、それに続くセッションのもので、ヴァーヴ時代前期、つまり後期の前期が聴かれるものです。スタジオ録音ということもあって録音もクリア。JATPライブが良くも悪くも粗いものであったのに対して、実に丁寧な吹き込みになっています。

1-8曲目は件の初吹き込みセッション。メンバーはレディー・デイのほかチャーリー・シェイヴァーズ(tp)、フィリップ・フィリップス(ts)、オスカー・ピーターソン(p)、バーニー・ケッセル(g)、レイ・ブラウン(b)、アルヴィン・ストーラー(ds)。もうモダンジャズ体制ですね、完全な4ビートです。
1曲目 "East of the Sun" はシェイヴァーズの印象的なイントロからレディーは「そっとやさしく」入ってきます。レスター風のフィリップスによるオブリガートを背景に語り掛けるように歌う歌は絶品で、このセッションの成功を暗示しています。シェイヴァーズのソロを挟んで、再びビリーの歌(とフィリップスのオブリガート)。続く2曲目の "Blue Moon" はオスカーPのイントロから、彼のオブリガートを受けてビリーが歌います。フィリップスとシェイヴァーズのソロも好演。しなやかなフィリップスと鋭いシェイヴァーズの対比が見事です。ビリーのサビにおける低唱がすばらしく、レチタティーヴォを飛び越えてほとんど語っているような歌いぶりなのに音楽になっているのは、彼女の持つビート感覚が卓越したものだからでしょう。これはすばらしいトラックです。
3曲目の "You Go to My Head" はソロ回しのない歌のみのトラック。時おり声の限界で音程が揺れそうになって不自然なビブラートをかけますが、気にならない程度です。4曲目 "You Turned the Table on Me" はベニー・グッドマン楽団をバックにヘレン・ウォードが歌った歌で有名ですが、邦題は「私に頼むわ」・・・って、これ日本語として自然ですかね?「私に頼んで」なら分かるけれど・・・実際そんな意味ではなく、「あなたは私の上手を行く、あなたは私を負かす、私はあなたのとりこ」というような内容です。イメージとして勝気な女性が、かつては「愛されていることに満足して」自分が上だと思っていたけれど、いつしか、自分こそが相手の虜になっていることに気づいた、そんな感じです。ヘレン・ウォードのバージョンはその勝気な部分をうまく演出して、ちょっとはすっぱな感じで歌っているのに対して、ビリーは虜になってしまっていることに気づいた部分を強調して歌っているのが特徴です。ビリーのうまさは "You turned the tables on me" の部分では低唱を生かしたはすっぱな感じでドスを効かせるのとは対照的に "And now I'm falling for you" の部分では高域と滑らかなフレイジングを強調して「もうだめ」って感じを出している部分です。結局、彼女は自分が何を歌っているのか、知り尽くしている、比類なき解釈をしているわけです。
5曲目 "Easy to Love" はバックミュージシャンがもろにパーカーの影響を受けたかのようなバップのフレーズを繰り出していながら、ビリーが違和感なくそこに溶け込んでいる点で特筆に価します。彼女自身はビバップをやらなかったもののそれでもバップの持つモダニティーを共有していたことが再確認できるトラックです。 "These Foolish Things" は、かつてコロムビアに吹き込んだことのある曲ですが、ここでは大胆に解釈を変え、レスターのテナーのような歌い方になっています。味わいが濃いトラックです。
7曲目の "I Only Have Eyes for You" はスイングテンポで歌われ、フィリップスやシェイヴァーズのソロも光るトラック。まるでブランスウィック時代に戻ったかのようです。8曲目の "Solitude" はコロムビア、デッカに続いて、ここでも吹き込まれます。この曲もビリーの解釈は結晶化したようなところがあって、ほとんど最初の吹込みから揺らいでいません。実にすばらしい、ナミダモノの演奏です。

9曲目からは上のセッションの数日後に吹き込まれたトラックで、やはり4月の下旬といわれています。9曲目の "Everything I Have Is Yours" ではフィリップ・フィリップスがレスター張りのプレイでオブリガートに、ソロにと大活躍しています。10曲目の "Love for Sale" はオスカーとのデュエット。タイトルから分かるとおり、これは売春を歌ったものです。この曲の有名なものとしてはジョー・スタッフォードの自信に満ちた、むしろ開き直ったかのような高らかなトランペットスタイルの解釈が有名ですが、ここでのビリーは、思い切りテンポを落としルバートを使いながらレチタティーヴォで語りかけるように歌っています。時おり音程に不安な感じが出るものの感動的な名唱です。このセッションのハイライトだと思います。11曲目の Moonglow" は一般的なテンポ設定よりも速めのテンポで、シェイヴァーズのオブリガートをバックにスイングしながら歌っています。12曲目は "Tenderly"。ちょいと歌い流している感じかな?

13曲目 "If the Moon Turns Green" は彼女の十八番で、複雑なフレーズを自然に歌いこなしています。 14曲目の "Remember" はアップテンポでスイングしています。後にハンク・モブレーが畢生の名演をしたのはこの曲です。15-16曲目は「ニューヨークの秋」のLP版とSP版。LP版のほうはピアノトリオがバック、SP版のほうはピアノとのデュオで気持ちゆったりめに歌われていますが、ビリーの解釈は結晶化して特に大きな違いはありません。名唱です。この2バージョンがあるのは、彼女がLP版のほうで韻や複数形の使用で歌い間違いをしているからですが、歌の価値を少しも減じません。これで叱られるなら、私も「2バージョン」ではなく「2バージョンズ」と書き直さなければなりませんね 8)

先に紹介したライブ集がVol. 1で、これがVol. 2。オリジナルフォーマットとは違いますが、オリジナルのジャケを使っています。



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2009年09月27日

Billie Holiday: At JATP (Verve)

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1950年にデッカのラストレコーディングが終わり、契約が切れたビリーは、その後大手のレコード会社と契約を結ぶことができず、アラジンなるマイナーレーベルと仕方なしに契約を結んでいました。一方、麻薬所持裁判で有罪となり刑を受けた彼女は、悪名高き「キャバレーカード」を没収され、ニューヨークのクラブ(酒を出す店)での仕事が一切出来なくなりました。この「キャバレーカード」制度は廃止される1967年までジャズミュージシャンを苦しめてきた稀代の悪法で、一度罪を犯してしまったものは、それを償ったあとでも酒類販売の店では働けない(必要な「キャバレーカード」を没収される)というものです。悪法の悪法たるゆえんは、犯罪経験者の更生と社会復帰を妨げて「法が更なる犯罪者を仕立て上げる」役割を担っていたこと、そして当局の恣意的な運用によってあるものには法が適用され、あるものには抜け道を与えていたことだといわれています。ビリーも、このクソみたいな政治的・人種差別的な制度のためニューヨークではコンサート(ホールのように酒を出さないところでは働けた)、ニューヨーク以外の地域ではクラブで歌うといった生活を余儀なくさせられていました。しかし、この頃は夫ルイス・マッケイとの関係も順調で、新しい一歩を踏み出そうと懸命だったビリーはボストンのクラブ「ストーリービル」でスタンゲッツらを従えて好調ぶりを見せ、ジャズプロデューサーとして売り出し中のノーマン・グランツが彼女との契約に興味を示し、1952年の4月ごろ(一説には4月21日)彼のプロデュースの元マーキュリーレコードに8曲を吹き込みます。ここにいわゆるヴァーヴ時代が幕を開け、これは1957年まで続きます。

ヴァーヴ時代の特色は、
1)グランツの努力もあって、レパートリーに広がりを見せていく
2)バックミュージシャンがモダンがかった中間派の連中が占め、4ビート中心
3)いわゆる衰退期といわれるように、声が徐々に衰えていく姿を捉えている
と言えます。

デッカ時代からこのかた、ビリーはレパートリーの拡大にはあまり意欲的ではなく、いつも歌いなれた歌を歌いなれた方法で歌っていくことに満足していたといわれます。しかしやり手プロデューサーのノーマン・グランツは時に宥めすかし、時に脅しながらレパートリーを広げさせ、その結果何曲もの成果を生んでいるわけです。「プロデューサーとはミュージシャンが自分のやりたいことをやらせないために神が創り出した生き物」という名言を吐いたのはサッチモだったかエリントンだったかパーカーだったか、とにかく偉いさんですが、実際の芸術活動において芸術家がやりたいようにやって成功した例というのはむしろ少なく、プロデューサー、レコード会社、大衆、古くはパトロンや教会といった諸勢力からの掣肘を受けつつ、それでも傑作を物していったというのが真実です。むしろ、そうした掣肘があっても傑作を生み出せるのが大芸術家たるゆえんかも知れません。いずれにせよ、ノーマン・グランツはビリーの才能を見抜き、常に現状よりも一段高い目標に挑戦させることによってビリーの可能性をさらに引き出したといわれています。同じことはジョン・ハモンドも行っていたのですが、その頃のレディーはまさに日の出の勢い、人の意見なんか聞く耳持たず、一方のハモンドも一本気な人で、硬軟使い分けるような寝業師のテクニックを持っていなかったため、衝突し物別れに終わり、その後2人が再びかかわることはありませんでした。

バックが4ビートになったというのはビリーにとっては少しマイナスなことで、本来ビリーの自由な歌い方は隙間の多い「ブンチャ」の2ビートでこそ発揮される性質のものです。ヴァーヴ時代に聴かれる「チンチキ」の4ビートだとこの隙間が埋められてしまい、ビリーの自由が制約されてしまっています。しかし時代は50年代。いったい誰が「ブンチャブンチャ」の2ビートを喜ぶでしょうか?それに4ビートとはいえ、 "Please Don't Talk about Me When I'm Gone" といった新しいレパートリーでは自由闊達にメロディーを組み替えていて、一概にこれがマイナスになったとは言い切れないように思います。そしてバックミュージシャンのはつらつたる4ビートのソロと共に、新生ビリー・ホリデイの姿がここには聴かれるわけです。

声の衰退はもはやごまかしようもなく、それをカバーするために節回しで何とか歌い継いでいくという場面が見られるのもこの時期の特徴です。これはもう、どう言い繕っても仕方のないことなのですが、それでも不思議と同じ声なんですね。つまりブランスウィックの録音を聴いた直後に最晩年の歌を聴いても、同じ人が歌っているということがはっきり分かるわけです。これは私自身経験したことで、ブランスウィックとかコモドア時代の吹込みしか聴いたことがなかったある日、『レディー・イン・サテン』の歌声がラジオから流れてきた時、何の解説も予備知識もないまま「これはビリー・ホリデイである」ということが即座に分かりました。同じ人なんだけれど、楽器の調子が悪いとかリードが痛んでいる、そんな印象です。そう、ビリーの声はリード楽器、つまりサックのサウンドなんです。同じ奏者が演奏しているので全体としての一貫性は保たれつつも、調子によって違いがある、そんな印象です。そして、その一貫性こそが「ビリー・ホリデイというジャンル」そのものであり、どんなに声の調子が悪くても、いや悪いからこそビリー・ホリデイの心が聞こえてくる。数個前の記事に「ヴァーヴ時代は心の時代である」と書いたのはこういったわけです。ビリーと長年共演してきたバック・クレイトン(tp)は「ヴァーヴ時代こそ、本当に聴くべき時代である」といった意見を述べていますが、私も最近、この意見に傾きつつあります。

ということで、ヴァーヴ時代のネガティブと言われていた面も、裏側から見ればポジティブな捉え方が出来るわけですが、この時期の一番ネガティブな点はコレクションの面倒くささにあると思います。コロムビア時代はSP時代なのでLPというフォーマットのアルバムはなかった。LP時代になって耳のいい先哲たちがこの時代のアンソロジーを編み、それを検討しあうことによって、むしろ定番的なトラックというものが形成されてきたわけです。私も全集を聴いたりして、コロムビア時代の選集が本当にいいトラックを集めているか検討したことがありましたが、まず間違いないといっていいでしょう。いっぽう、ヴァーヴ時代はLP時代。ビリーの歌もアルバム単位で発売されてすっきりしているようですが、実際にはそれが後にミックスされたり分割されたりで、むしろ分かりづらいこと夥しい。ということで、どういう単位でアルバム紹介をしていったらいいのか迷うのがこのヴァーヴ時代です(そういう意味で全集を買い求めるのが一番手っ取り早いかもしれません)。

このブログではオリジナルフォーマットにこだわらず、現在入所可能なトラックをうまく振り分けた形でヴァーヴ時代のビリーを紹介していきたいと思います。その第1回目は Jazz at the Philharmonic: The Billie Holiday Story, Vol. 1 ですが、このアルバムからして面倒くさい。このジャケットは以前に邦題『ビリー・ホリデイの魂』というタイトルで発売されたアルバムと同一のものです。違いは色のみ。今回のアルバムが緑なのに対して、LP時代のそれは肌色でした。イラストはデイヴィッド・ストーン・マーチン。ヴァーヴに数々の名ジャケを残しているイラストレーターです。素っ裸の女性がベッドの上で泣き伏せていて、傍らには毛皮のコート、そして電話の受話器。右下にあるのはコカコーラの瓶でしょうか?このLP盤は名盤の一つで、A面に1945-46年のJATP (Jazz at the Philharmonic) コンサートにビリーがゲスト出演した時のトラックを配し、B面にはヴァーヴに移籍したあとのスタジオ録音を配したものでした。これを聴くと全盛時代(1946)のレディーの声と衰退期のそれとを対比して聴けるし、段々考えていくとB面を聴いていることのほうが多かったりして、なかなか巧みな編集がなされていました。いっぽう今日紹介するCDは1946年のJATPコンサートからのトラック+αに加えて、1957年吹き込みの Ella Fitzgerald and Billie Holiday at Newport アルバムからビリーのトラックを抜粋したもの、そして未発表テイクや The Seven Ages of Jazz というライブ録音から取ったトラックのコンピになっています。つまり、ライブ集。ノーマン・グランツとの正式な契約は'52年を待たなければなりませんでしたが、それ以前にも彼の組織したJATPというコンサートバンドに客演していたため、'45-'47年のコンサートが収められているわけです。

1曲目の "Body and Soul" から11曲目の "He's Funny That Way" までが旧盤におけるA面ですが、3曲目の "I Cried for You" 4曲目 "Fine and Mellow" 5曲目の "He's Funny That Way" は新たに加えられたテイクです。この中で特に聴くべきトラックは8曲目の "All of Me" で、コロムビアでレスターやテディーとやったヴァージョンとはテンポも演出もまったく異なり、比較的アップテンポでぐんぐん進んでいきます。このトラックは以前岸本加代子が出ていた森永ココアのCMに使われていたので印象深い1曲です。また10曲目の "Travelin' Light" はレイドバックしたテンポで語りかけるように歌われていて心にしみてきます。タイトル「身軽な旅」とは男性と別れた生活のことです。このようにここで聴かれるトラックは押しなべて「男に捨てられて哀れな私」をテーマにしたもので、テンポも一様でこの時期のビリーの姿勢「歌いなれた歌を歌いなれた方法で歌っていく」に終始しているという弱点も見られます。

3-5曲目と13-16曲目はこれまでオムニバスに収められていたもの。後者は'47年5月24日のコンサートで、実はこの時ビリーは麻薬所持で逮捕されていて、取調べの休憩時間に急遽カーネギーホールに車で乗りつけ歌ったものです。身辺のゴタゴタなど微塵も感じさせないプロの歌い手としてのレディーが垣間見られる瞬間ですが、それでもよく耳を傾けるとどこか暗くて不安なムードが漂っているのが聴き取れるのは気のせいでしょうか?

この後約1年にわたり彼女は投獄され'48年3月16日に仮釈放されるまで第一線から退くことになります。

20-26曲目は彼女にとってヴァーヴでの最後のアルバムとなる Ella Fitzgerald and Billie Holiday at Newport からのトラックで'57年7月6日のライブ録音。しかし驚くのはその音質で、上記'40年代のライブ録音がお世辞にもすばらしいとは言いがたいのに対して、こちらのライブ録音は拍手さえなければスタジオ録音と間違うほどのものです。声のほうは相当に苦しそうで、雑誌『ダウンビート』も「語りかけるような歌い方で、彼女の弱々しくしわがれた声がステージセットの間を震えている」と評していますが、私にはそれほど悪いものだとは思えません。選曲においてもテンポにバリエーションがあるし、21曲目の "Nice Work If You Can Get It" ので出しなんか、少女のように可憐な声で歌っています。 "Willow Weep for Me" もグルーヴしているし、「ラバカン」では「ストーリービル」のライブで気になった "The moon was (is) new" の単調な節回しを避け、様々なタイミングで歌い分けているところなど実にすばらしい。コロンビア時代からずっと歌い続けている "My Man" は結晶化したような曲で、デッカの吹き込みとほとんど変わることのない解釈で歌われていますが、歌詞の理解がより深化しているように思われます。 "What a Little Moonlight Can Do" を聴くとどうしてもコロムビア時代の圧倒的なパフォーマンスを思い出して、その違いをあら捜ししてしまうことがありますが、これはこれで名演だと思います。エンディング処理はこの時期の定番フォーマットのようです。

29-30曲目は'58年9月26日に行われた The Seven Ages of Jazz というコンサートからのもので、こういうコンサートをプロデュースするのは歴史好きのレナード・フェザーらしいといえばらしいです。

このアルバム(CD)はライブ録音集ですが、レディー・デイのさまざまな時期を網羅したものとして必聴の一枚です。


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2009年09月10日

Billie Holiday: The Complete Decca Recordings (Decca)

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高3から浪人時代にかけて六本木の小さなショットバーでアルバイトをしていました。今は無くなってしまったようですが、鳥居坂ガーデンのすぐそばにありました。その鳥居坂ガーデンも既にありません。変わったお店でオープンが深夜の1時か2時ごろ。夜の六本木に勤めていたゲイやホステス、風俗嬢などが店がはねたあとやってくるアフター・アワー的な店でした。バブル前でしたが日本人の金回りが徐々によくなり店を広げていたため、私が行く時は一人で店をまかされたりもして、そういう時は思いっきりジャズを流したりしてました。その晩はお客も少なく、店にいたのはオカマとSM嬢の二人だけ。その時店で流していたのが、ラジオからエアチェックしたばかりの "Don't Explain"。客数といいBGMといい、なんとなく終了的なムードが漂っていました。

すると突然オカマ客が号泣し始めました。それも美人のオカマならともかくすさまじいオカマ。越地吹雪にあやかって「コーちゃん」と呼ばせていましたが、ワハハ本舗の梅ちゃんにクリソツ(当時梅ちゃんは出ていませんでしたけどね)。その彼女が号泣するものだから化粧が流れて正視できないほどになっているわけです。まあ、こういうことは日常茶飯事ではないにしても「わけあり」の人が多い店ではたまに見られる光景だし、そういうわけありな人が多い店なので、あまり詮索しないほうがいいとも思ったのですが、この時ばかりは少し興味も出てどうしたのか訊いてみました。すると彼女いわく、「流れている歌がなんだか哀しいの」。この曲が口紅をつけて帰ってきた彼氏(旦那)が延々言い訳をするのを制して「言い訳などしないで」と歌った歌だと説明したところ、横でやり取りを聞いていたSM嬢まで泣き出す始末。そのうち二人でなにか話し始めましたが、こういうことにあまり聞き耳を立てない、口外しないのが仁義なので、聞かないようにしていましたが、実はまったく別のことを考えていました。

それまでビリーの歌には格別興味がなかったのですが、「実はこの歌手すごいんじゃないか?」と思えてきたのです。口ぶりからおそらく、オカマのコーちゃんがビリーのことや歌詞を理解していたとは思えません。にもかかわらず何事かを伝え感動させる力。そして生意気盛りの若者として抱いていた「自分が分からないのは向こうが悪い」という認識を改め、「世の中にはまだまだ分からないことがある」という事実に思い至ったわけです。

その時流していたのが、今回紹介する「デッカのビリー・ホリデイ」です。デッカ時代のビリーは全盛時代といわれ、その声の艶は他の時代を圧倒してあまりあります。特に生涯の代表作ともなる "Lover Man", "My Man", "Don't Explain", "Solitude" などの吹き込みはジャズを飛び越えて、ボーカルの世界に屹立する名作といえます。逆に言うと、この時期ほどビリーにジャズ的興味が薄くなった時期はないのですが、バックにもリズム隊やホーン群ではなくてストリングスを従え情感豊かに歌っています。ジャズファンのみならず、音楽ファンならぜひ聞いておきたい録音です。

などと偉そうに書いていますが、私自身はこの音源持っていません。デッカ時代のベスト集で聴いているのですが、それが却ってこの全集を後回しにする理由になっていたります。そんなわけで、全曲解説することは不可能なので、特に重要な数曲について紹介するにとどめ、あとは各自聴いていただくことにしたいと思います。

まず、なんといっても外せないのが "Lover Man"。'44年10月4日のセッションで、デッカの初吹込みであると同時に彼女の名声を確立する一曲でもありました。しかし、この名状しがたい感覚は何でしょう。情熱的であるような、それでいてアンニュイであるような複雑なニュアンス。まるで彼女のために作詞・作曲され、それを出されたまま歌いこなしたかのような自然さ。ミルト・ゲイブラーがクラブ「ダウンビート」で彼女のこの歌を聴いて、「ヒット間違いなし」と吹き込ませたエピソードが間違いないと分かるほどの出来を示しています。歌詞は現実の恋人ではなくてまだ見ぬ恋人を思い続ける内容で、ちょうど "The Man I Love" に似ています。そして出だしの "I don't know why but I'm feeling so sad" という歌詞がビリーの声質とよく合っている。本当になぜだか分からないけれどピッタリなのです。

'45年8月14日(終戦の前日!)に吹き込まれた "Don't Explain" はビリー自身による作詞で、彼女にとっても思い入れの強い曲。私のような野暮天はなかなか理解できないけれど、オカマのコーちゃんが号泣したほどの感染力がある曲なんだと思います。それに比べて、私のようなものでも分かるのが '46年1月22日のセッションで吹き込まれた "Good Morning Heartache"。ストリングスの伴奏も押し付けがましくなく、この曲の世界とビリー・ホリデイの世界が一致した見事な名唱です。ビリーの伝記を書いたスチュアート・ニコルソンはこの曲をデッカの最高傑作と断言しています。

'46年12月27日のセッションで吹き込まれた "Blues Are Brewin'" は映画『ニューオリンズ』でサッチモとやった曲ですが、ここではそれとは別のメンツで吹き込んでいます。'47年2月13日吹き込みの "Solitude" はビリーの吹込みのみならず、エリントンを含めた同曲のあらゆる吹込みの中でもトップといっていいような絶唱で、同じレベルにたっているのは『ウェイ・アウト・ウェスト』のロリンズぐらいだと思えます。

'48年12月10日の吹き込みは懲役後のセッションですが、ここで聴かれる "I Loves You Porgy", "My Man" はすばらしい。彼女の "Porgy" はマイルスもお気に入りで、顔を合わせたときは必ず歌ってもらったと自伝で語っています。またこの吹き込みはデッカ録音に似合わずシンプルなバッキングが彼女の自由度を広げています。 "My Man" はコロンビア録音があるのですがテンポ設定が間違っていて、どうにもせかせかした印象に仕上がっているのに対し、ここではテンポもピッタリでピアノだけをバックにモノローグ調で「私の男はひどい奴」という内容のバースを歌い上げたあと、諦観をたたえながらそっとやさしく「でも仕方ない」とAメロに入ってくるあたりは、いつ聴いても息を呑むほどに美しい。1コーラスで終わりますが、完全にこの曲の世界を描き出しています。

デッカにおける最後の録音となる'50年3月8日の吹込みでは、コーラス入りの "God Bless the Child" が聴かれます。私としてはこのコーラスがなんだか安っぽくていやなのですが、昔NHK-FMの特集で『ビリーホリデイ物語』というラジオドラマがあり、そのテーマ曲として使われていました。ビリーの役はたしか加賀まりこ。天国でレスターやベイシーと思い出話に興じるという体の1時間ドラマでしたが、配役はピッタリだと思いましたよ。

サッチモとの吹き込みは思ったほどの成果は出ておらず、ブルースの "My Sweet Hunk O' Trash" では浮かれたルイが思わず4文字語を使ってしまってお蔵入りになったり散々だったようです。またかつてベッシー・スミスが歌った "Gimme a Pigfoot" も押し付けがましい伴奏が災いして、いまひとつの出来だと思います。



選集のほうはさまざまなバージョンで出ていますし、ケン・バーン・コレクションもいいのですが、ここは昔からあるジャケットの一枚を推薦しておきます。



昔から面白いジャケで欲しい欲しいと思っていながらいまだに買っていない一枚です(もういらないんですが)。
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2009年08月30日

Billie Holiday: Billie Holiday (Commodore Records)

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「奇妙な果実」に関する世間の意見は、おおむね二つに分かれているように思われます。一つは

「『奇妙な果実』こそビリーの代表作にして最高傑作だ」

というもの。もう一つは

「偉大な歌ではあるが例外的な作品である」

というものです。「奇妙な果実」を駄作という人もたまにいますが、天邪鬼な性格だったり音痴だったり英語が読めなかったりレイシストだったり耳くそが詰まっていたりなので無視していい意見でしょう 8) 確かにビリーがカフェ・ソサエティーでこの歌を歌うと「ピンが落ちても聞こえるほど」にシーンと静まり返ったという伝説があります。また、私が脱線ついでに授業でこの曲を聞かせると、文字通りシーンとなって歌に引き込まれる若者が数多くいます。

この曲はルイス・アレン(本名:エイベル・ミーアポル ユダヤ人の教師 詩の内容が内容だけにペンネームを用いた)が1930年ごろ作詞・作曲したもので、彼は1939年クラブ「カフェ・ソサエティ」に出ていたビリーにクラブのオーナーを通して紹介され、この詩を手渡したといわれています。歌詞の内容にビリーも最初歌うことをためらったものの、歌ってみるや「カフェ・ソサエティー」の客から絶賛を受け、彼女のレパートリーに加わったわけです。

詩の内容は「南部でリンチを受け木にぶら下がった黒人の遺体」を歌ったもので、詩としてのリズムもよく脚韻に、"gallant south" (美しい南部)と "twisted mouth" (歪んだ口)、 "sweet and fresh" (甘くて新鮮な)と "burning flesh" (焼ける肉)といった印象的なものを含む名詩の一つです。曲のキーはB♭マイナー、形式はAABB形式。歌詞の詳細は「奇妙な果実」などで検索してもらうとして、とにかく恋歌でもなければ小唄でもない、荘重なテーマを持った歌です。レコーディングに関してはビリー自身がコロムビアに掛け合ったものの、その過激な歌詞のために却下され、マイナーレーベルの「コモドア」オーナー、ミルト・ゲイブラーが乗り出して吹き込ませた同曲のトラックを含む一枚が今日紹介するアルバムです。。

さて、冒頭に述べた二つの意見うち、「偉大な歌ではあるが例外的な作品である」という意見はさらに2つに分類でき、一方は「この歌によって彼女はステップアップした」というもの、他方は「この歌によって彼女はよくなくなった」という意見です。「ステップアップ」派の意見は主にこの歌の持つドラマ性とその後の彼女のキャリアの展開に注目します。つまり、これ以降彼女は歌に実人生を含むドラマを持ち込むことで、それまでの歌のあり方(楽譜を忠実にそして高度に再現する)から、歌はそれを歌う者やその周りの環境と一体となる(この考えは、マーヴィン・ゲイと「ワッツ・ゴーイング・オン」やジョンと「イマジン」、マイケルと「マン・イン・ザ・ミラー」を見ればよく分かります)という考えへと転換した最初の記念碑であるという見方です。一方「よくなくなった」派の意見はもっと形而下的なスタンスで、「レパートリーが全部押しなべて『哀れな私』をテーマにしたものになってしまい、コロムビア時代のように奔放な歌唱や闊達なスイングが消えてしまった」という意見です。

結論からいって、私はこの「よくなくなった」派に属します。

私自身このアルバムから入門したのですがまったくピンと来なかったところで、前の記事で紹介した『ビリーホリデイの肖像』を聴いて、ストンと腑に落ちた経験があるからです。また尊敬するジャズプロデューサー、ジョン・ハモンドが同じような意見を持っていたことも大いに影響しています。ただ、「よくなくなった」派ではあっても、同時に「仕方なかった」派であり、「後期持ち直したでしょ?」派でもあります。仕方がなかったというのは、この後数年して彼女は麻薬禍に見舞われ、その私生活やスキャンダルがゴシップ的趣味として注目の的となります。今でいえば「のりピー」と同じ状況。一方でビバップが徐々にその形を形成し、彼女やテディー・ウィルソン、レスター・ヤングらの音楽を過去のものとして葬り去るような勢いで勃興しつつあります。こんな中、誰が過去のスタイルのままの彼女を買うでしょうか?彼女が自分を売る方法として「私を歌う」という方向にシフトしていったのは仕方のないことであり、「奇妙な果実」の一件以外にもさまざまな要素があったのだと思います。そして、後期(つまりヴァーヴ時代)になってプロデューサー、ノーマン・グランツの努力もあり、レパートリーを増やしつつかつてのように気心の知れたメンバーとスイングするセッションで歌うようになったことから「後期は持ち直したでしょ?」派に属しているわけです。

さて前置きが長くなりましたが、このアルバムのトラックに対する寸評を。

1曲目の "Strange Fruit" ですが、まずは聴いてください。できれば歌詞を見ながら。ここには彼女が何と闘って何を歌い出そうとしたのか、それが如実に現れています。そしてこれだけの内容ながら淡々とした歌い方も、逆に心を打ちます。2曲目の "Yesterdays" はライナーにも書いてありますが、ビートルズの「イエスタデイ」とはまったく別の曲。「奇妙な果実」と同じ日のセッションなので、なんとなくムードが続いています。とくに伴奏のピアニストソニー・ホワイトと彼女は恋愛関係だったとか(レスターとは恋愛関係になかったといわれています)。吹き込みは'39年4月20日。3曲目の "Fine and Mellow" は12小節形式の純正Fブルース。この曲は彼女の最晩年にレスターやロイ・エルドリッジ、コールマン・ホーキンス、ベン・ウェブスターらを迎えたテレビ番組で収録され、その映像は今でも私たちに感動を与えつづけています。



一方4曲目の "I've Got Right to Sing the Blues" は、名前とは裏腹にブルースではなくて歌もの。それでも、ビリーが歌うとブルージーになります。

5曲目からセッションが変わり、'44年3月25日。中期も中期の時期ですね。5曲目の "How Am I to Know" では冒頭から分厚いハーモニーの伴奏で中期な感じがします。6曲目の "My Old Flame" は歌ものでありながらブルースのフィーリングを深く感じさせる曲です。7曲目 "I'll Get by" はコロムビア時代にも吹き込みのある彼女の得意曲。しかし、このやかましいアレンジは何事でしょう?エディー・ヘイウッドの罪や深し。8曲目 "I Cover the Waterfront" は海辺を見つめる女性を歌ったものですが、サッチモが陽気でスイングするバージョンを残しています。ここでのビリーは時期的なものもあるのかもしれませんが、戦地から戻ってくるのを待つ、岸壁の恋人状態のようにしっとりと歌っています。

9曲目からは'44年4月1日のセッション。9曲目の "I'll Be Seeing You" は油井先生をして「もう堪らない。思わず涙ぐむ人も多かったことだろう」と言わしめているように、ジャズという範疇ではなく歌という範疇での傑作。特に2コーラス目に出てくる "I'll be seeing you. . . ." というフシ回しが絶妙。これもまた戦地に赴いた恋人を連想させる詞でこの時代にマッチしていたわけです。10曲目の "I'm Yours"。これもまたアレンジ・アンサンブルがやけに重々しくて時代がかった一曲になっています。11曲目 "Embraceable You" は大スタンダード。バックのアレンジが相変わらずドロドロと重たいものの、すばらしい歌に仕上がっています。12曲目の "As Time Goes by" は映画『カサブランカ』の主題歌としても使われ大スタンダードの印象ですが、ビリーがこの曲と出会ったのはそれ以前だといわれています。

13曲目以降は'44年4月8日の吹き込み。13曲目の "He's Funny That Way" は大和明先生がビリーの最高傑作と評した演奏。確かに複雑な感情を一音一音にこめた歌い方が印象的です。14曲目は "Lover, Come Back to Me" つまり「ラバカン」。このトラックはいいです。アレンジが重々しくないせいでビリーがビートを揺らしながら独自の間を展開し、2回目のサビではこの時期に特徴的な「フシの妙」を展開して印象深い。15曲目の "Billie's Blues" は別テイクのほうがいいというトラック。私の場合、LP時代、最初に購入した時点で誤って別テイク集を購入してしまい(ジャケットの月が青いの・・・)、しばらく聞いた後、本テイク集(今取り上げているアルバム)を買って聴いたんですが、この曲に関しては別テイクのほうがいいように思います。そして16曲目の "On the Sunnyside of the Street"。出だしからオリジナルメロディーとは別のメロディーを展開しつつ、元歌よりもずっと説得力豊かに歌い上げています。私としてはこのトラックをもってこのアルバムのベストと言いたいぐらいです。

このアルバムは私のような偏狭なジャズファン以上に、広く音楽ファン、歌ファンに聴いてもらいたいアルバムです。いずれにせよ「奇妙な果実」は音楽ファン必聴の一曲です。


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2009年08月24日

Billie Holiday: A Portrait of Billie Holiday - Disk 2 (Columbia)

Side-A
1. Sun Showers
2. Yours and Mine
3. I'll Get By
4. Mean to Me
5. Foolin' Myself
6. Easy Living
7. I'll Never Be the Same
8. Me, Myself and I
9. A Sailboat in the Moonlight

Side-B
1. Can't Help Loving' Dat Man
2. When You're Smiling
3. I Can't Believe that You're in Love with Me
4. I'll Never Fail You
5. The Man I Love
6. All of Me
7. I'm in a Lowdown Groove
8. Love Me or Leave Me
9. Until the Real Thing Comes Along

Disk 2の曲は以上のとおり。このアルバムのA面を彩るセッションはレスターヤングとビリーのインタープレイ、そしてメンバー全員による集中したソロとメンバー間に漂うグルーヴにより、ジャズ史上最高のセッションと言われます。私も、この面は何度かけたか計り知れません。最初の4曲は'37年5月11日のセッション。メンバーはレディーのほかバック・クレイトン(tp)、バスター・ベイリー(cl)、ジョニー・ホッジス(as)、レスター・ヤング(ts)、テディー・ウィルソン(p)、アラン・リュース(g)、アーティー・バーンスタイン(b)、コジー・コール(ds)。1曲目"Sunshower"ではレスターのイントロの後、クレイトン、ホッジスによるテーマ演奏が続き、バスターのオブリガートを伴ってビリーが抑えた感じで入ってゆき盛り上がった感じで抜けてゆきます。テディーのソロの後は、レスターの1、3拍(表)にアクセント置く意表をついたアドリブを経てコーダになります。2曲目の"Yours and Mine"もホッジス、クレイトンによるテーマーからビリーの歌、そしてテディー、レスターのソロへとつながります。3曲目の "I'll Get by"でホッジスのテーマの後に出てくるビリーは、"I Cried for You"以上にメロディーの動きをセーブして、おそらく数音だけで構成されている実に風変わりでいながら、きわめてモダンな感覚をもつ歌い方でこの曲を元歌以上に魅力あるものに仕上げています。そして、この日最大の成果はやはり "Mean to Me" でしょう。冒頭でテーマを吹くレスターがすごい。2回目のAの部分ですでに倍テンでメロディー崩してしまい、クレイトンのサビの後はまったく新しいメロディーを即座に取り出してきます。ここでも、レスターはあえて1、3拍にアタックをつけるといった意表をついたアドリブを展開します。続いて入るビリーの歌も圧巻で、彼女特有の後乗りで歌った後、最後のA(つまりレスターが表にアクセントを置いた部分)でレスターと同様に表拍にアタックを入れていきます。この一体感が彼らのセッションの最大の魅力です。
Lester Young
次の3曲は'37年6月1日のセッションでメンバーはクレイトン、レスター、ベイリー、テディーのほか、ギターがフレディー・グリーン、ベースがウォルター・ペイジ、ドラムがジョー・ジョーンズという「オール・アメリカン・リズムセクション」で構成されています。 "Foolin' Myself"はレスターが16小節、サビはテディー、後メロはクレイトンが吹き分け、ビリーの歌になります。この歌を聴くと、「彼女は自分がいったい何を歌っているのか熟知している」との評言が的を射ていることが分かります。同じことは次の "Easy Living"にも当てはまり、いったいこのバージョンを超える「イージー・リビング」などありえるのかという気にさせられます。とくにサビの最後 "They just don't understand"の解釈は圧倒的で、今でもこの曲を演奏する人は直接、間接的にこのバージョンの影響を受けています。当時まだ22の娘の演奏なのにね。つづく "I'll Never Be the Same" では、レスターによるオブリガートというより対旋律のように積極的な絡みにサポートされて一体感のあるビリーの歌が光ります。
若き日のレディー・デイ
最後の2曲は'37年6月15日のセッション。メンバーは上のメンバーのバスター・ベイリーに代わってエドモンド・ホール、テディー・ウィルソンに代わってジェームズ・シャーマンがピアノを弾いています。したがってテディー・ウィルソンのセッションではなくて、「ビリー・ホリデイと彼女の楽団」というクレジットになっています。ここに聞かれる "Me, Myself and I" と "A Sailboat in the Moonlight" は彼ら(とりわけビリーとレスター)による不滅の金字塔的作品です。"Me, Myself and I" では、ビリーが間奏をはさんで2コーラス歌うのですが、アプローチを変えることで、楽器演奏者とまったく同じ、あるいはそれ以上のレベルにたって(なぜならば歌詞というしばりがあるので)アドリブを展開していることがよく分かります。さらに "Sailboat"では、オブリガートをつけるレスターとビリーの間に、霊的としか言いようのない交感があって、お互いのフレーズを先取りしあいながらインタープレイの妙を繰り広げます。また、レスターに表拍を強調したサビのアドリブが終わり、ビリーが歌い始めるや、レスターはテナーでの最高音のひとつFを打ち出し、それに弾かれたように、ビリーが同様に表拍にビートを置いたフレーズで一音一音歌詞を叩きつけていくあたりはいつ聞いても背中に電流が走るほどです。ここまでのインタープレイは、モダンジャズになってもビル・エバンスとスコット・ラファロを俟たなければ生まれませんでした。

もしこの時点でビリーが引退してしまっていたとしても、彼女のジャズに対する影響は少しも減じることがなかったでしょう。しかし、彼女にはまだ使命がありました。それは「奇妙な果実」を歌うこと、そして後期のトーチソングを歌いついでいくことでした。これによってレディーは、ジャズに限定されず「歌の世界」そのものに影響を与えていくこととなったわけです。

まるで、締めの文章のようですが、まだB面が残っていました 8)

B面1曲目、"I Cant Help Lovin' Dat Man"は'37年11月1日のセッションからで、この日のセッションにはビリーの十八番となる"My Man"も吹き込まれています。この曲では、メロディーの変化を極力抑えたビリー節がよく出ています。

2曲目と3曲目は年も改まった'38年1月6日のセッション。2曲目 "When You're Smiling"はレスターのアルバムで私が初めて聞いたビリー・ホリデイの吹き込みです。この演奏におけるレスターは神がかっていて、スイング時代としては最高のインプロヴィゼーションを展開しています。後にリー・コニッツがアルバム『トランキリティー』の中で、このアドリブラインをそっくり真似たのは有名な話です。ビリーの歌い方もモダンなフレージングです。4曲目 "I Can't Believe that You're in Love with Me"はテンポをぐっと落として叙情的な歌に仕上げています。

4曲目 "I'll Never Fail You" は'38年11月9日のセッション。続く"The Man I Love"は'39年12月13日と疎らになってきます。これは彼女がアーティー・ショーのバンドシンガーになったり、52丁目のクラブ「カフェ・ソサエティー」の呼び物になったりで、徐々にスターダムを駆け上がっていった結果かと思われます。"The Man I Love"でのビリーの歌とレスターのソロはこの時期屈指のもので、必聴の1曲といえます。

6曲目の"All of Me"は'41年3月21日のセッションで、ビリーとレスターによる、驚くべきインタープレイの妙が聴かれるトラックです。7曲目"I'm in A Lowdown Groove"は'41年5月9日、8曲目"Love Me or Leave Me"は'41年8月7日、そして最後のトラック"Until The Real Thing Comes Along"は'42年2月10日で、このセッションがコロムビアにおける一連のセッションの最後となります。"Love Me or Leave" は"Lullaby of Birdland"の元歌で、トリッキーなコード進行とメロディーを持っている曲ですが、ビリーがまったく自分のものとして料理してしまっていることに改めて驚かされます。

ビリーのコロンビアにおける吹込みの真価はビバップを飛び越えて、ウェスト・コースト・ジャズの時代になり明確な形をとります。リー・コニッツ、アート・ペッパー、ジェリー・マリガン、チェット・ベイカーといったミュージシャンたちが、レスターとのコラボにインスパイアーされてこの時代に吹き込まれた曲をモダンジャズとして蘇らせていくからです。さらにモダンジャズ期の歌手たちにとってこれらの吹き込みはお手本として、時には乗り越えるべき障害として彼らの前に立ちはだかることになるわけです。

そのビリー・ホリデイ本人はこの後、畢生の名曲「奇妙な果実」と出会い、自分自身の人生と歌とを重ね合わせることにより歌にドラマを持ち込むというそれまでにはない新たな「歌のあり方」を開拓していくのです。

この選集にきわめて近いアルバムを挙げておきます。1枚目はコロムビア時代をまとめた選集、2枚目は中でもレスターとのコラボに焦点を当てたすばらしいコンピです。



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2009年08月19日

Billie Holiday: A Portrait of Billie Holiday - Disk 1 (Columbia)

portbillie

ビリー・ホリデイが亡くなって、今年で50年。ルイ・アームストロングと共に、それまでの歌のあり方を圧倒的な才能で一挙に転換してしまったこの20世紀最大の天才歌手をしばらく集中的に取り上げてみようと思います。

細かいことを考えなければビリーは3つの時期に分かれます。前期(ブランスウィック・ヴォキャリオン時代)、中期(コモドア・デッカ時代)、そして後期(ヴァーヴ時代)。それぞれ吹き込んでいるレーベルに対応するだけでなく、楽曲に対するアプローチとコンセプトにも対応している。

今回は前期、つまりブランスウィックやヴォキャリオンに吹き込んでいた時代について取り扱いたいと思いますが、この時期についてまとめると「リズムの時代」と言えます。たとえば、この時期の最大のヒット作といえる"I Cried for You"をに耳を傾けるとそのことはたちどころに了解されるはずです。この元歌の出だしはメロディーの動きがとても激しいんです。"I"がミ、"cried"が上のシ、"for"がその下のラ、最後の"you"はオクターブ下のラにまで落ちていく。のど自慢の歌手が歌えばこの上昇下降の音形をこれ見よがしにトレースするのに対して、ビリーはこの出だしの5度のジャンプを省略し、これに変わってリズムでフレーズの妙を展開します。さらに続くフレーズではメロディーの動きを抑えて、ほとんど同一の音でリズムに綾をつけていきます。そう、これは後にロリンズが繰り出す「モールス信号」、さらに現代のラッパーたちの原型と呼ぶべきものです。こう考えると、NYの地下鉄で日本のサラリーマンがビリーのレコードを見ていたら、近づいてきたアフリカ系のラッパーの兄ちゃんが "May I see it?"と、普段なら使いもしないような "May . . ?"で「見せてください」と頼んだというエピソードもうなづけます。と言うことで、この時期のレディーは形式的にすでに完成され、何をどう歌うべきかと言う指針を後代に残した重要な時期であると思うのです。ちなみに、中期は「フシの時代」と言うべきであり、後期は「心の時代」というNHK教育テレビの日曜早朝の宗教番組のような様相を呈してきますが、それはまた次の機会に。ただ、この全てを通じて結局変わらなかったのは(それは激変したにもかかわらず)彼女の声であり、それは常にサックスのサウンドであったことです。激変したのに変わらなかったという彼女のパラドクスに関しては、後期に関する記事で取り上げる予定ですが、未定です。

伝記的には1932年ごろハーレムで歌っているところをジョン・ハモンド坊ちゃんに見出され、翌33年11月27日にベニー・グッドマン楽団(まだプレークする前)と共に吹き込んだ "Your Mother's Son-in-Law"が初レコーディングとなり、これ以降いわゆるコロンビア系の吹き込みは230曲とも、それ以上とも言われています。これについてすべて解説するのは骨が折れるので、今回はそのベスト集を下敷きに解説してみたいと思います。特に今回取り上げる『ビリー・ホリデイの肖像』はLP時代末期、油井先生監修の元、ビリー・ホリデイ研究では日本の第一人者と言うべき大和明先生が選びに選んだ2枚組みなので、そこいらのアメリカ製CDコンピなど足元にも及ばないほど厳選されたものです。曲データは以下のとおり。

Disc-1
Side-A
1. I Wished on the Moon
2. What a Little Moonlight Can Do
3. Miss Brwon to You
4. If You Were Mine
5. It's Like Reaching for the Moon
6. These Foolish Things
7. I Cried for You
8. Did I Remember
9. No Regrets

Side-B
1. Summertime
2. Billie's Blues
3. Pennies from Heaven
4. This Year's Kiss
5. Why Was I Born
6. I Must Have That Man
7. My Last Affair
8. Carelessly
9. Moanin' Low

Disc-2
Side-A
1. Sun Showers
2. Yours and Mine
3. I'll Get By
4. Mean to Me
5. Foolin' Myself
6. Easy Living
7. I'll Never Be the Same
8. Me, Myself and I
9. A Sailboat in the Moonlight

Side-B
1. Can't Help Loving' Dat Man
2. When You're Smiling
3. I Can't Believe that You're in Love with Me
4. I'll Never Fail You
5. The Man I Love
6. All of Me
7. I'm in a Lowdown Groove
8. Love Me or Leave Me
9. Until the Real Thing Comes Along

一枚目、冒頭の3曲はブランスウィック・セッションにおける最初の吹込みでありながら、一気に理想的な演奏にまで到達した不滅の3曲と言うことができます("A Sun Bonnet Blue"が省かれている)。録音日時は'35年7月2日。"I Wished on the Moon"の歌いだしはこの時期に特徴的な低唱と、ビートに微妙に遅れて乗っていくという彼女のトレードマークに彩られています。特筆すべきは "What a Little Moonlight Can Do"の演奏で、これは3分芸術としての極地を示した多面的な演奏です。テディーの魅力的なイントロから、ベニー・グッドマンがクラリネットの低域を活用したテーマを半コーラス吹き、その後一転して高域でテーマを演奏する。続くビリーは早くも"Ooh-ooh-ooh"の3音をオリジナルに逆らってD音だけで歌いとおすという個性を発揮しています。曲全体がチョッパやで突っかけるような2ビートを刻んでいるのに対して、ビリーは微妙に遅れつつビートを前後にゆすることでタメの効いた乗りで歌っています。ビリーの後はベン・ウェブスター(ts)、テディ・ウィルソン、ロイ・エルドリッジ(tp)のソロが続きますが、ビリーの圧倒的な歌唱の前に霞んでます。 "Miss Brown to You"は、ベニーによる冒頭のイントロが魅力的で、油井先生はこの部分をそれこそ「真っ白になるまで聞き込んだ」と言っています。"What a Little Moonlight"と同じくクラの低域を活用し後半になって高域に動かしていくテーマ演奏の後は、ビリーの歌。テンポがよいのでタメの効いた乗りから自在にアクセントを動かしてスイングを作り出していきます。Aメロの部分とBメロに入ってからでアプローチを変え、後半部分はまるでトランペッターのようなアタックです。また、この曲ではピー・ウィー・ラッセルなどがよくやるグロール・トーンをところどころ使って、まるで二つの音を同時に出そうとするような歌い方をしています。歌い終わっても名残惜しむかのように、デディーのピアノに合いの手を入れていくところもすばらしい。

4曲目の "If You Were Mine"は'35年10月25日のセッションで、何気ない演奏ながらも心のこもった歌が聴けます。とくに "Every my heart, every my life"の積み上げのところは実にしみじみしています。

5曲目から7曲目までは'36年6月30日のセッションで、エリントンのところからハリー・カーネイ(bs)とジョニー・ホッジス(as)が参加しています。5曲目 "It's Like Reaching fopr the Moon"ではホッジスがエリントン臭(と言うかホッジス臭)全開のソロを受けて、ビリーが例のグロール・トーンを時おり交えながら歌いついでいきます。ハリー・カーネイはここでクラリネットのオブリガートをつけていてちょっとしつこい感じ。6曲目 "These Foolish Things"はイギリスの小唄で、歌詞といい曲想といいビリーに似合いそうですが、冒頭ちょっとビブラートをつけすぎで歌いこなせてない感じがします。しかしサビが終わってAメロに戻ってきたあたりのフレーズ("Win the marks and make my heart a dancer")は最高で、やはりすばらしい出来を示しています。そして当時としては驚異的な売り上げ15,000枚(3,000枚程度が普通だったらしい)を誇った "I Cired for You"。マクラでも述べましたが、メロディーの動きを最小限に省略して、これに変わってリズムを大胆に動かしていく彼女の特色がよく出ています。サビのところの対句となるフレーズを、入りを少しずらすことでそれぞれ異なったフレーズに仕上げているところも見逃せません。




A面8曲目からB面2曲目までは'36年7月10日の吹き込みで、バニー・ベリガン(tp)とアーティー・ショウ(cl)が参加しています。後にビリーはアーティーの楽団に参加し、黒人女性としては初めて白人バンドのバンドシンガーになるわけです。しかしながらさまざまな障害と彼女のストレートな性格から退団にいたるのは後の話。8曲目の "Did I Remember"ではイントロの直後から、自信を持ったビリー節を炸裂させて印象的なトラックになっています。続く "No Regrets"でも、ギターのイントロに続いてビリーが入ります。このセッションはペットとクラの絡みが中心なので音が高域に偏る憾みがありますが、アンサンブルのすばらしさと、ビリーの自信に満ちて文字通り"後悔しない"かのような潔いフレージングがその欠点を補って余りあります。

しかし、このセッションの最大の成果は続くB面冒頭の2曲、"Summertime"と"Billie's Blues"でしょう。この"Summertime"は、しかしすばらしい。バニー・ベリガンの印象的なイントロに続いて、ビリーは低唱を生かした出だしから、いつもと同じく後乗りでメロディーの変化もぎりぎりまで抑えています。それにもかかわらずきわめてブルージーで威厳を持った歌になっている。2コーラス歌った後出てくるアーティーのソロもよく、さらにその後再び2コーラス目を歌うビリーのフレージングは冒頭の力強いアタックから最後のコーダ処理にいたるまで目を見張るものがあります。2曲目の "Billie's Blues"は「ブルースを歌うレディー」としては数少ないブルース(12小節形式という意味でのブルース)で、当時の趣向も手伝ってブギウギのリズムに乗って比較的アップテンポで歌われます。1コーラス目はアーティーがオブリガートをつけ、2コーラス目はベリガンが、続いてアーティーの力強いクラリネットと、ベリガンのダークで太いトーンを生かしたソロが続きます。再び出てくるビリーは3連符を畳み掛けるように効かせたすばらしい12小節で演奏を締めています。

3曲目 "Pennies from Heaven"は'36年11月19日のセッションでベニー・グッドマンやベン・ウェブスターが再び参加しています。ここでのビリーは自由なフレージングでインプロヴァーザーとしての面目躍如。オブリガートをつけるベニーも控えめですばらしい。ここでは省かれていますが、同日のセッションで吹き込まれた "I Can't Give You Anything but Love"も必聴の一曲で、サッチモの歌とトランペットの影響が直接的に現れていて、実に興味深い演奏です。

4〜6曲目に聞かれる'37年1月25日のセッションは彼女のセッション中最も重要なもののひとつで、レスター・ヤングとバック・クレイトンが参加しています。4曲目 "This Years Kiss"の冒頭に演奏されるレスターの美しくてしなやかなフレーズは、そのままビリーの歌に引き継がれていきます。同じように "Why Was I Born"では冒頭のテーマをバック・クレイトンが取り、ビリーの歌は自由にフレーズを作り変えながら、繊細な情緒を歌いだしています。そしてこの日最大の成果ともいうべきトラックが6曲目の "I Must Have That Man"。ビリーの畳み掛けるような歌に控えめに絡んでいくクレイトンのオブリガート、そのムード引き継いでレスターとベニー・グッドマンのソロ。最後の合奏などお互いがお互いの音を聞きあい、気持ちを理解しあっているからこそ生まれるグルーブ感がたっぷりです。このセッションは、ちょうどビックス・バイダーベックとフランキー・トランバウワーがそうであったように、気心の知れた仲間が集まって和気藹々と最高傑作を生み出したところにその価値がある。ジャズはなんだかんだ言って、強いもの勝ちなところがあり、傑作といわれる演奏もどちらかというと競い合い、腕比べ、丁々発止のやり取りから生まれることが多い。サッチモとアール・ハインズの28年の演奏や、パーカーとディズ、バドとファッツ・ナヴァロなんかはそうした試合系の典型です。一方で、ここに聞かれるような調和系というのか、お互いが相手を上回ろうとがんばりすぎず、むしろ互いに引き立てあうように演奏を高めていく音楽観は、ビバップを飛び越えてマイルスに直結する姿勢であり、晩年のマイルスの映像を目にするにつけ、この姿勢は彼が生涯保ち続けたものだという確信を深くします。

7曲目の"My Last Affair"は'37年2月18日のセッションで、メンバーはがらりと変わるものの上のセッションのムードを引き継いだ感じがして面白い。とくにヘンリー・レッドアレンのソロがよく、彼女の歌も、歌詞をちょっとクールに眺めて面白いフレージングを見せています。

8-9曲目はエリントンのところからクーティー・ウィリアムス(tp)、ホッジス(as)、カーネイ(bs)の3人がやってきた'37年3月31日のセッション。8曲目の "Carelessly"ではホッジスが、9曲目の"Moanin' Low"ではクーティーがそれぞれビリーのバックでオブリガートをつけますが、ちょっとつけすぎでやかましい感じがします。

レコード1枚目はここまで。2枚目のA面は彼女のキャリアにおいてのみならず、ジャズ史上最も重要なセッション群が続くので、稿を改めたいと思います。
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2008年07月20日

Art Tatum: The Tatum Group Masterpieces (Pablo)

tatumben

盲目のピアニストアート・テイタムは超弩級のテクニシャンで天才なのですが、いまひとつ人気がありません。その理由は多くの人が気づいているように「うるさい」んですね。上手いんだけれどのべつ幕なしに「コロコロコロコロ」やられると耳につく。音楽で「耳につく」なんていうのは最悪なことなんですが、それでも耳について仕方がない。さらに、テイタムのソロ集などは大体が3分前後の演奏で、どの曲も同じように珠を転がしているので単調な感じがする。同じバカテクでもオスカー・ピーターソンが、そのバリエーションの豊かさから高い人気を得ているのに対して、アート・テイタムはいまひとつ人気がないのは、そういうわけだと思います。

それにしても、アニタ・オデイが "You're the Top" の中で歌詞をアドリブし、素晴らしいものの引き合いに "Tatum's left hand" (テイタムの左手)と歌っているように、実際目の前で展開されたら魂消るような上手さであることには変わりありません。ソロ集だと単調に流れる憾みがあるので、今回はホーン入りの名盤を紹介します。

メンバーはテイタム(p)、ベン・ウェブスター(ts)、レッド・カレンダー(b)、ビル・ダグラス(ds)で、録音は1956年9月11日。

1曲目は "Gone with the Wind" 。エラがベルリンで歌った名唱が残されていますが、それに匹敵するような名演です。イントロからテーマまでテイタムが弾ききっていますが、それにしても手数の多いこと :) せわしない感じすらしますが、その後に出てくるベンの悠揚迫らざるテナーと良い対比をなしています。この1曲目でこのセッションが成功していることは分かります、

2曲目の "All the Things You Are" はバップの聖典ですが、二人にはそんなこと無関係。「名バラッド」としてアプローチしています。ベンの深い音の背後でコンピングをつけるテイタムはしかし、コンピングという範疇を超えています。つまり出しゃばりすぎなわけです。ホーンと一緒になってアドリブしているわけですが、それがインタープレイに昇華されずに、同時に色んなことやっているという風情を醸し出しています。ビリー・ホリデイがらみのエピソードで「ベンは非常に短気だった」というのを聞いたことがありますが、この時彼は怒り出さなかったのかしら?あるいは「俺のバックでピアノを弾くな」とマイルスばりの発言はなかったのでしょうか?しかし、いずれにせよ56年という段階で、この曲を「ありきたりのバップ」にしていないところは凄いです。

"Have You Met Miss Jones" は邦題「ジョーンズ嬢に会ったかい?」は、テイタムを尊敬するピアニストオスカーPが、人気盤『プリーズ・リクエスト』で吹き込んでいますが、ここでの演奏はぐっとテンポを落としてゆったりとしたバラードに仕上げています。それにしてもベンのテナーの音色は実に豊かです。サブトーンが満遍なくいきわたっていて「これぞテナー」という音色。テイタムはやはりバックで手数多くやっていますが、この頃になると、「このアルバムはこういうもの」という気分に切り替わって、楽しく聞けます。

4曲目の "My One and Only Love" といえばコルトレーンとハートマンを思い出しますが、彼ら二人もわりとストレートにやっているせいか、この演奏とかぶります。もちろんハートマンがベンで、コルトレーンが後ろでうるさいテイタムの役です。かなり長いテイタムのソロがフィーチャーされた後ベンに受け渡されますが、二人とも全トラック中最高の出来を示していると思います。

5曲目 "Night and Day" にいたってやっとテンポが上がります。テーマのテイタムはストライド+テイタムという世にも恐ろしい展開になっています。ハイ・テンポだとベンも吹き荒ぶ傾向があって困りものなのですが、これはちょっと速いといった程度なので荒まずに吹いています。

6曲目の "My Ideal" は再びバラード。ここでのベンのソロは聴きもので、レイドバックしてブルージーな、実にくつろいだソロを取っています。テイタムはテイタムでテイタム満開の上昇下降を繰り返す「コロコロ」ソロから、一転ブルース・フィーリング豊かなソロに転じます。左手が走っているのは相変わらずですが。これは味わい深い。レコードでいう「B面2曲目」のジンクスがここでも発揮されています。

ラストが "Where or When"。テーマはテイタム。テーマの旋律を凌駕するような感じで左手が走りまくっています。もう、一人オーケストラ状態です。何ていう曲か忘れそうです。ということでベンが再びテーマのメロディーをしっかり吹きなおしています。

CDではこの後別テイクが3曲収められています。

いろいろ書きましたが、名盤ですよ。テイタムはソロだとベースやドラムも一人で受け持って、おまけに受け持てるだけの技量があるので時にうるさく感じますが、それでも一聴しただけで、ここまで強烈な個性を感じさせるピアニストは少数です。この辺の、強烈で傲慢なまでの個性というのが当時のジャズ界に見られるバイタリティーの源泉なのかもしれません。いまの人たちなら、それだけのテクがあっても「空気を読んで」控えてしまうかもしれません。さらに、この盤はベース、ドラム入りなので(全く空気を読んでいない場面も多いですが)少しだけ抑えた感じになっています。

まあ、「空気読む」なんて最低のフレーズなんですけれどね。



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2008年07月06日

Herbie Hancock: Maiden Voyage (Blue Note)

maiden voyage

ちょうどジャズに興味を持ち出した頃、奥平真吾さん(当時11歳!)がデビュー作『処女航海』をリリースして、おまけに彼と私が一歳違い。にもかかわらずこの大きな違いは何なんだ!?という大きな疑問にぶち当たりました。さいわい「才能の違い」という答えがすぐ見つかり、この疑問は解決しましたがね 8) その後、この曲がハービー・ハンコックの代表作であり、ジャズ史にも影響を与えたエポック・メイキングな作品だったと知ったのはだいぶ後のことです。

最初にこのタイトル曲を聴いた時は、とくかく「クールな音楽」「抑えに抑えた音楽」という印象を持ちました。いわゆるクール・ジャズは『クールの誕生』をはじめ、ゲッツやコニッツなど聴いていたのですが、以前も書いたとおり、あまり彼らの音楽を「クール」だと感じたことはありません。一方で "Maiden Voyage" のイントロからして抑制感の極み。ジョージ・コールマンのサックスもショーター的というか、独自の抑揚を持っていて、激しく上昇下降するバップや音を敷き詰めて熱くうねっていくコルトレーンとは違う、クールなフレージングです。普段は熱い、いや暑いことすら多いフレディー・ハバードのトランペットも、実に抑えたブローイング。ハービーさんも、当然のように内省的なソロを取っています。普通、これだけ抑えていると退屈なものに仕上がるのですが、バックのトニー・ウィリアムスだけが自由に暴れているため、演奏をエキサイティングに仕上げています。

2曲目 "The Eye of the Hurricane"。「処女航海」ほど抑えられたものではなく、トニーのドラムを推進力にしてかなりバリバリ進んでいます。フレディーが1曲目とは打って変わって爆発的なブローイングでソロを取り、それに呼応するかのようにコールマン、ハービーも攻撃的なソロを取って演奏を盛り上げています。

3曲目は "Little One"。スローテンポのイントロから、イン・テンポになると3拍子で奏されます。コールマンの出だしはコルトレーンみたい。ちょっと懐かしいような哀愁あるフレーズでソロを構成していて、私のお気に入りでもあります。フレディーのソロもわりと崩し気味に吹いて、それをトニーが煽るという構成で面白い。ピアノは横に広がりのある和声を強調した幻想的なソロです。ロン・カーターのベースソロを経てテーマに戻ります。この曲はマイルスの『E.S.P.』にも吹き込まれています。私見ではマイルス盤の方により興味があります。

4曲目の "Survival of the Fittest" は「適者生存」という進化論の用語で、「音楽とどんな関連があるんだろう」と考えていた時期もありましたが、ある時「ジャズ曲のタイトルにはあまり意味がないものが多い」という記事を読んで納得した記憶があります。もっとも、こんな激しい曲をやったら「適者」じゃないと落ちてしまうような気もします。テンポを自在に動かして、フリーな展開を入れているところが興味深い。相当に相手の音を聴きあって、それに対して瞬時に反応できる連中でないと、ここまでフリーでありながら音楽を成立させることは難しいんじゃないかと思います。そういう意味では確かに「適者生存」かもしれません。ひところ、こういう音楽は難解な感じがして避けていましたが、今では違和感なく聴いています。感性も経験によって変容するのでしょう。

最後の曲 "Dolphine Dance" は、いまやスタンダード化された感のある名曲です。美しい旋律とモーダルな曲想が十分に生かされた雰囲気が素晴らしい。フレディーは曲の穏やかさをこわさない範囲で自由にソロを爆発させ、つづくコールマンも持ち味である甘めのムードを全開にしています。ハービーのソロも素晴らしく、何度でも聴き返したくなる演奏で、1曲目「処女航海」と並ぶ名曲・名演奏。

録音は1965年3月17日。メンバーはフレディー・ハバード(tp)、ジョージ・コールマン(ts)、ハービー・ハンコック(p)、ロン・カーター(b)、トニー・ウィリアムス(ds)。

ラベル:Herbie Hancock
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2008年07月04日

Benny Goodman: Trio Plays for the Fletcher Henderson Fund (Columbia)

FHFund

ベニー・グッドマンのようなオールド・タイマーのジャズを聴く場合、ジャズ(つまり、パーカー以降の"進歩的"モダンジャズ)が先験的に優れているという前提を取っ払う必要があります。なぜなら、彼らはルイ・アームストロングを含めて、進歩的芸術家であろうとするよりも腕のいい音楽職人を目指していたようなところがあるからです。

見方を変えれば、彼らを楽しむときは尖った感じの先端性や革命性ではなく、円熟味やニュアンスといったものを楽しむほうが賢いわけです。ポップス(ルイ・アームストロング)の円熟の極みについては、下のほうで紹介した『ハロー・サッチモ・アゲイン』を皆さんに聴いていただくとして、今回はベニー・グッドマンを取り上げたいと思います。

私も中学生時代は寝ても覚めてもベニーだスイングだという時期がありましたが、モダン・ジャズに目覚めると、ベニーの音楽はなんとなく退屈なものに思えてきました。にもかかわらず、「やっぱりジャズはこれだよなー」と時おり取り出して聴くアルバムが、今回紹介する『ベニー・グッドマン・トリオ・プレイズ・フォー・ザ・フレッチャーヘンダーソン・ファンド』という異様に長いタイトルのアルバムです。フレッチャー・ヘンダーソンとは以前の記事でも取り上げた、あのフレッチャー・ヘンダーソン。ファンドとは基金の意で、このアルバムはフレッチャー・ヘンダーソンが病にたおれた際に、ベニー他の有志が集まって、彼の治療費のために吹き込んだアルバムがこれです。フレッチャー・ヘンダーソンはベニーにとって最大の恩人。なぜならヘンダーソンのアレンジを買い取ることによってベニーは「キング・オブ・スイング」という赫々たる地位につくことができたからです。このセッションはその恩返しの意味もあると解されます。もっとも背景にある美談だけで美しい芸術は生まれませんが、それにしてもここに聴かれるベニーたちの演奏には魂があります。このことは長くジャズを聴いてきた人にはすぐに分かることかもしれません。

録音は1951年4月1日で、場所はニューヨークの「メイク・ビリーヴ・ボールルーム」となっています。「見せかけの舞踏場」なんてしゃれたタイトルです。メンバーはベニー・グッドマン(cl)、テディー・ウィルソン(p)、ジーン・クルーパ(ds)のトリオの他、曲ごとにルー・マックガリティー(tb)、バック・クレイトン(tp)、エディー・サフランスキー(b)、ジョン・スミス(g)が参加しています。

1曲目 "China Boy" は昔からの得意曲で、ここはトリオ演奏。最初に出てくるテディーのピアノソロも、次に出てくるベニーのクラリネットも張り切っています。クルーパのドラムソロが燃え立つばかりで、そちらに耳を奪われますが、実に聴くべきは正確なバスドラ捌きで、そのためジーンのいた時ベニーのコンボにベーシストが入る余地はなかったといわれています。

2曲目は名スタンダード "Body and Soul" 。テーマ演奏からベニーとテディーの掛け合いが際立っています。本当はあまり仲がよくなかったという話もありますが、一級の芸術家においては個人的事情がさほど影響していないことがよく分かります。ベニーはサブトーンにまで降りていったり、単に名人芸といえないような心のこもった演奏をしています。それを受けるテディーのピアノも、まるでアート・テイタムを髣髴とさせる珠を転がすような演奏。

"Running Wild"は、スイング時代のチョッパヤ曲で、演奏する人の力量が試されますが、円熟の頂点に差し掛かりつつある3人には、むしろやりがいのある曲として写っているのか、そばらしく白熱した演奏です。途中でベニーが "One more, Gene" (ジーン、もう1コーラス行け!)と叫んで盛り上げ、炎上したままホットな演奏は終わります。

4曲目は "On the sunny Side of the Street" (「明るい表通りで」)。日記ブログにも書きましたが、この曲は最近リバイバルしているようで、CMにもよく使われますね。ここでベースのエディー・サフランスキーが加わり、彼のベース・ソロを大きくフィーチャーしていますが、コーダに向かってブルージーに崩していくベニーもなかなかのもんです。

5曲目の "After You've Gone" は、モダンジャズになってもいくつかの曲でそのコード進行が使われる名スタンダード。今度はベースに加えてギターのジョン・スミスが参加し、熱いギター・ソロを展開します。そしてA面のハイライト、 "Basin Street Blues" が登場します。ここで聴かれるベニーの力強いクラリネット・ソロはエリントン楽団のラッセル・プロコープを意識したかのようなソウルフルなプレイです。この曲に参加したボントロのルー・マックガリティーも、ジャック・ティーガーデンに匹敵するような心のこもったブルース・ソロを展開しています。

B面冒頭は、ベニーの得意曲でチャーリー・クリスチャンとの因縁浅からぬ、スイング時代の名曲 "Rose Room" です。この演奏で聴かれるような「ダウンしていく感じ」のベニーは極上で、単なるテクニック自慢に陥っていません。おそらく旧友達との再会と演奏の主旨が彼に火をつけたのでしょう。

2曲目はこれもスタンダードの "Honeysuckle Rose"。ミュートを噛ませたバック・クレイトンのトランペット・ソロが実に素晴らしい。ギターも"もろ"バップというほどではないにせよ、かなりモダンな味付けを加えた名ソロ。テディーのピアノは華麗そのもの。本アルバムのトップといっていいトラックです。やはりB面2曲目の伝説は正しかったのかもしれません。

3曲目 "I've Found a New Baby" は、私がシカゴ病に罹っているときに捜し求めた曲。ここでは、そのマイナーキーを利用して、ベニー達が「シング・シング・シング」〜「クリストファー・コロンブス」にいたる展開を再現し、観客もどよめいています。

そしてラストはジャム・セッション風の "One O'clock Jump"。ベイシー風の簡素なピアノを経てソロ・オーダーはバック・クレイトン→ベニー・グッドマン→ルー・マックガリティー→テディー・ウィルソン→ジョン・スミスと続き、最後はジャムセッション風の集団即興演奏で盛り上がり幕を下ろします。この演奏でもジーンのドラミングが強力な推進役になっています。

こうしたいかにも「知る人ぞ知るLP時代の名盤」といったアルバムはなかなかCDで再発されないのですが、今回グレン・ミラーと抱き合わせで出ていたので、下に紹介しておきます。4枚組みCDですが、グレン・ミラーも聴けるお徳用盤です。

ラベル:jazz, ジャズ
posted by G坂 at 21:57| Comment(0) | jazz | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年07月01日

Dizzy Gillespie: Jambo Caribe (Limelight)

jambo caribe

「暑くなると涼しい音楽が聴きたくなる」、なんてことは毎年書いているような気がします。おととしの夏はこんなマクラでスタン・ゲッツの『ウェスト・コースト・ジャズ』を紹介し、昨年はあまりに暑かったので、開き直ったかのように『ディッピン』を紹介していました。

暑い時のラテン・フレーバーといえばボサノバですが、今回はカリプソを紹介したいと思います。アルバムはディジー・ガレスピーの『ジャンボ・カリベ』。このアルバムの1曲目 "Fiesta Mojo" を聴いたのは、私がジャズにのめり込むきっかけとなったラジオ放送であるということは以前の記事で書きましたが、実際にアルバムを手に入れたのはずっと後のこと、CD時代になってからのことでした。

メンバーはディジー・ガレスピー(tp)の他、ジェームス・ムーディー(ts & fl)、ケニー・バロン(p)、クリス・ホワイト(b)、ルディー・コリンズ(ds)、そしてカンザス・フィールド(perc)で、1964年11月の録音です。

1曲目にして初めてディジーに接する曲となったのが "Fiesta Mojo"、『呪い士の宴会』という意味だそうすが、作曲はディズ本人。ちょっとおどけたかのように大袈裟なオープニングから、楽しいカリプソのリズムに乗ってテーマが登場。カリプソのリズムであっても、コード感豊かなバップのメロディーです。ソロはケニー・バロンのピアノからスタート。続くディジーのソロは私にとって「それまでのジャズとモダンジャズ」との違いをまざまざとみせつけるものでした。響きが軽くて緊張感があるんですね。バップの特徴です。ジェームス・ムーディのフルート・ソロを経てテーマに戻ります。

2曲目の "Barbados Carnival" はベースのクリス・ホワイトによる曲。「アーハ」というコーラスに乗って、畳み掛けるようなリズムが演奏されますが、これは西インド諸島のバルバドスでクリスが経験した音楽だそうです。

3曲目の "Jambo" はディジーの作曲で、イメージとしては「アフリカ」「カリビアン」そして「バップ」を融合させた、当時のしてのフュージョンです。いきなりディジーのスキャットで始まりますが、ディズのスキャット好きは昔からで、サッチモとスキャット合戦をやったときも、サッチモに「唾がかかる」と即興でからかわれながら楽しそうに演奏していました。ディズのアドリブはアフリカはアフリカでも、北アフリカ、イスラム圏のようなフレージングを繰り出し「チュニジアの夜」作曲者としての面目躍如です。

"Trinidad, Hello" は、"Nica's Dream" などに通じる、マイナー調の「ド」ハード・バップ曲。作曲はケニー・バロン。トリニダード(国名)と "tri" (3つまり3拍子)をかけた洒落っ気のあるタイトルですが6/8で演奏されていますが、わりとど真ん中の演奏で、ラテン・リズム一直線のアルバムが陥りがちな「ダラっとした」感じにならぬように締めています。

5曲目の "Poor Joe" はカリプソ作曲家のジョー・ウィロビーによる曲で、西インド諸島の「結婚の歌」だそうです。「気の毒なジョー」というタイトルにふさわしく、最後は細君にフライパンを投げつけられて「アー」といって倒れるところまで、ディジーが歌っています。

6曲目の "And Then She Stopped" はディジーの曲。綺麗なラインの曲でジェームス・ムーディーが大活躍です。

7曲目 "Don't Try to Keep up with the Joneses" は再びジョー・ウィロビーの曲。歌はディジーとクリス・ホワイトの掛け合い、そしてアン・ヘンリーが後半登場します。ディズがメインの歌ですが彼の歌う音の強弱がはっきりしすぎてていて、強いところは歌っているというより怒鳴っている感じがします。

最後は再びケニー・バロンの "Trinidad, Goodbye" ですが、今回は4ビート。素晴らしく中心的な演奏で、このアルバムを締まったものにしています。この4曲目と8曲目、つまりLP時代のA面B面の最後に、彼らの「こころざし」を感じるわけです。8分超の名演。これを聴くと、ディジー・ガレスピーが日本でいかにアンダー・レイティッドかを痛感します。



ラベル:jazz, ジャズ
posted by G坂 at 00:13| Comment(0) | jazz | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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