2008年07月20日

Art Tatum: The Tatum Group Masterpieces (Pablo)

tatumben

盲目のピアニストアート・テイタムは超弩級のテクニシャンで天才なのですが、いまひとつ人気がありません。その理由は多くの人が気づいているように「うるさい」んですね。上手いんだけれどのべつ幕なしに「コロコロコロコロ」やられると耳につく。音楽で「耳につく」なんていうのは最悪なことなんですが、それでも耳について仕方がない。さらに、テイタムのソロ集などは大体が3分前後の演奏で、どの曲も同じように珠を転がしているので単調な感じがする。同じバカテクでもオスカー・ピーターソンが、そのバリエーションの豊かさから高い人気を得ているのに対して、アート・テイタムはいまひとつ人気がないのは、そういうわけだと思います。

それにしても、アニタ・オデイが "You're the Top" の中で歌詞をアドリブし、素晴らしいものの引き合いに "Tatum's left hand" (テイタムの左手)と歌っているように、実際目の前で展開されたら魂消るような上手さであることには変わりありません。ソロ集だと単調に流れる憾みがあるので、今回はホーン入りの名盤を紹介します。

メンバーはテイタム(p)、ベン・ウェブスター(ts)、レッド・カレンダー(b)、ビル・ダグラス(ds)で、録音は1956年9月11日。

1曲目は "Gone with the Wind" 。エラがベルリンで歌った名唱が残されていますが、それに匹敵するような名演です。イントロからテーマまでテイタムが弾ききっていますが、それにしても手数の多いこと :) せわしない感じすらしますが、その後に出てくるベンの悠揚迫らざるテナーと良い対比をなしています。この1曲目でこのセッションが成功していることは分かります、

2曲目の "All the Things You Are" はバップの聖典ですが、二人にはそんなこと無関係。「名バラッド」としてアプローチしています。ベンの深い音の背後でコンピングをつけるテイタムはしかし、コンピングという範疇を超えています。つまり出しゃばりすぎなわけです。ホーンと一緒になってアドリブしているわけですが、それがインタープレイに昇華されずに、同時に色んなことやっているという風情を醸し出しています。ビリー・ホリデイがらみのエピソードで「ベンは非常に短気だった」というのを聞いたことがありますが、この時彼は怒り出さなかったのかしら?あるいは「俺のバックでピアノを弾くな」とマイルスばりの発言はなかったのでしょうか?しかし、いずれにせよ56年という段階で、この曲を「ありきたりのバップ」にしていないところは凄いです。

"Have You Met Miss Jones" は邦題「ジョーンズ嬢に会ったかい?」は、テイタムを尊敬するピアニストオスカーPが、人気盤『プリーズ・リクエスト』で吹き込んでいますが、ここでの演奏はぐっとテンポを落としてゆったりとしたバラードに仕上げています。それにしてもベンのテナーの音色は実に豊かです。サブトーンが満遍なくいきわたっていて「これぞテナー」という音色。テイタムはやはりバックで手数多くやっていますが、この頃になると、「このアルバムはこういうもの」という気分に切り替わって、楽しく聞けます。

4曲目の "My One and Only Love" といえばコルトレーンとハートマンを思い出しますが、彼ら二人もわりとストレートにやっているせいか、この演奏とかぶります。もちろんハートマンがベンで、コルトレーンが後ろでうるさいテイタムの役です。かなり長いテイタムのソロがフィーチャーされた後ベンに受け渡されますが、二人とも全トラック中最高の出来を示していると思います。

5曲目 "Night and Day" にいたってやっとテンポが上がります。テーマのテイタムはストライド+テイタムという世にも恐ろしい展開になっています。ハイ・テンポだとベンも吹き荒ぶ傾向があって困りものなのですが、これはちょっと速いといった程度なので荒まずに吹いています。

6曲目の "My Ideal" は再びバラード。ここでのベンのソロは聴きもので、レイドバックしてブルージーな、実にくつろいだソロを取っています。テイタムはテイタムでテイタム満開の上昇下降を繰り返す「コロコロ」ソロから、一転ブルース・フィーリング豊かなソロに転じます。左手が走っているのは相変わらずですが。これは味わい深い。レコードでいう「B面2曲目」のジンクスがここでも発揮されています。

ラストが "Where or When"。テーマはテイタム。テーマの旋律を凌駕するような感じで左手が走りまくっています。もう、一人オーケストラ状態です。何ていう曲か忘れそうです。ということでベンが再びテーマのメロディーをしっかり吹きなおしています。

CDではこの後別テイクが3曲収められています。

いろいろ書きましたが、名盤ですよ。テイタムはソロだとベースやドラムも一人で受け持って、おまけに受け持てるだけの技量があるので時にうるさく感じますが、それでも一聴しただけで、ここまで強烈な個性を感じさせるピアニストは少数です。この辺の、強烈で傲慢なまでの個性というのが当時のジャズ界に見られるバイタリティーの源泉なのかもしれません。いまの人たちなら、それだけのテクがあっても「空気を読んで」控えてしまうかもしれません。さらに、この盤はベース、ドラム入りなので(全く空気を読んでいない場面も多いですが)少しだけ抑えた感じになっています。

まあ、「空気読む」なんて最低のフレーズなんですけれどね。



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2008年07月06日

Herbie Hancock: Maiden Voyage (Blue Note)

maiden voyage

ちょうどジャズに興味を持ち出した頃、奥平真吾さん(当時11歳!)がデビュー作『処女航海』をリリースして、おまけに彼と私が一歳違い。にもかかわらずこの大きな違いは何なんだ!?という大きな疑問にぶち当たりました。さいわい「才能の違い」という答えがすぐ見つかり、この疑問は解決しましたがね 8) その後、この曲がハービー・ハンコックの代表作であり、ジャズ史にも影響を与えたエポック・メイキングな作品だったと知ったのはだいぶ後のことです。

最初にこのタイトル曲を聴いた時は、とくかく「クールな音楽」「抑えに抑えた音楽」という印象を持ちました。いわゆるクール・ジャズは『クールの誕生』をはじめ、ゲッツやコニッツなど聴いていたのですが、以前も書いたとおり、あまり彼らの音楽を「クール」だと感じたことはありません。一方で "Maiden Voyage" のイントロからして抑制感の極み。ジョージ・コールマンのサックスもショーター的というか、独自の抑揚を持っていて、激しく上昇下降するバップや音を敷き詰めて熱くうねっていくコルトレーンとは違う、クールなフレージングです。普段は熱い、いや暑いことすら多いフレディー・ハバードのトランペットも、実に抑えたブローイング。ハービーさんも、当然のように内省的なソロを取っています。普通、これだけ抑えていると退屈なものに仕上がるのですが、バックのトニー・ウィリアムスだけが自由に暴れているため、演奏をエキサイティングに仕上げています。

2曲目 "The Eye of the Hurricane"。「処女航海」ほど抑えられたものではなく、トニーのドラムを推進力にしてかなりバリバリ進んでいます。フレディーが1曲目とは打って変わって爆発的なブローイングでソロを取り、それに呼応するかのようにコールマン、ハービーも攻撃的なソロを取って演奏を盛り上げています。

3曲目は "Little One"。スローテンポのイントロから、イン・テンポになると3拍子で奏されます。コールマンの出だしはコルトレーンみたい。ちょっと懐かしいような哀愁あるフレーズでソロを構成していて、私のお気に入りでもあります。フレディーのソロもわりと崩し気味に吹いて、それをトニーが煽るという構成で面白い。ピアノは横に広がりのある和声を強調した幻想的なソロです。ロン・カーターのベースソロを経てテーマに戻ります。この曲はマイルスの『E.S.P.』にも吹き込まれています。私見ではマイルス盤の方により興味があります。

4曲目の "Survival of the Fittest" は「適者生存」という進化論の用語で、「音楽とどんな関連があるんだろう」と考えていた時期もありましたが、ある時「ジャズ曲のタイトルにはあまり意味がないものが多い」という記事を読んで納得した記憶があります。もっとも、こんな激しい曲をやったら「適者」じゃないと落ちてしまうような気もします。テンポを自在に動かして、フリーな展開を入れているところが興味深い。相当に相手の音を聴きあって、それに対して瞬時に反応できる連中でないと、ここまでフリーでありながら音楽を成立させることは難しいんじゃないかと思います。そういう意味では確かに「適者生存」かもしれません。ひところ、こういう音楽は難解な感じがして避けていましたが、今では違和感なく聴いています。感性も経験によって変容するのでしょう。

最後の曲 "Dolphine Dance" は、いまやスタンダード化された感のある名曲です。美しい旋律とモーダルな曲想が十分に生かされた雰囲気が素晴らしい。フレディーは曲の穏やかさをこわさない範囲で自由にソロを爆発させ、つづくコールマンも持ち味である甘めのムードを全開にしています。ハービーのソロも素晴らしく、何度でも聴き返したくなる演奏で、1曲目「処女航海」と並ぶ名曲・名演奏。

録音は1965年3月17日。メンバーはフレディー・ハバード(tp)、ジョージ・コールマン(ts)、ハービー・ハンコック(p)、ロン・カーター(b)、トニー・ウィリアムス(ds)。

ラベル:Herbie Hancock
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2008年07月04日

Benny Goodman: Trio Plays for the Fletcher Henderson Fund (Columbia)

FHFund

ベニー・グッドマンのようなオールド・タイマーのジャズを聴く場合、ジャズ(つまり、パーカー以降の"進歩的"モダンジャズ)が先験的に優れているという前提を取っ払う必要があります。なぜなら、彼らはルイ・アームストロングを含めて、進歩的芸術家であろうとするよりも腕のいい音楽職人を目指していたようなところがあるからです。

見方を変えれば、彼らを楽しむときは尖った感じの先端性や革命性ではなく、円熟味やニュアンスといったものを楽しむほうが賢いわけです。ポップス(ルイ・アームストロング)の円熟の極みについては、下のほうで紹介した『ハロー・サッチモ・アゲイン』を皆さんに聴いていただくとして、今回はベニー・グッドマンを取り上げたいと思います。

私も中学生時代は寝ても覚めてもベニーだスイングだという時期がありましたが、モダン・ジャズに目覚めると、ベニーの音楽はなんとなく退屈なものに思えてきました。にもかかわらず、「やっぱりジャズはこれだよなー」と時おり取り出して聴くアルバムが、今回紹介する『ベニー・グッドマン・トリオ・プレイズ・フォー・ザ・フレッチャーヘンダーソン・ファンド』という異様に長いタイトルのアルバムです。フレッチャー・ヘンダーソンとは以前の記事でも取り上げた、あのフレッチャー・ヘンダーソン。ファンドとは基金の意で、このアルバムはフレッチャー・ヘンダーソンが病にたおれた際に、ベニー他の有志が集まって、彼の治療費のために吹き込んだアルバムがこれです。フレッチャー・ヘンダーソンはベニーにとって最大の恩人。なぜならヘンダーソンのアレンジを買い取ることによってベニーは「キング・オブ・スイング」という赫々たる地位につくことができたからです。このセッションはその恩返しの意味もあると解されます。もっとも背景にある美談だけで美しい芸術は生まれませんが、それにしてもここに聴かれるベニーたちの演奏には魂があります。このことは長くジャズを聴いてきた人にはすぐに分かることかもしれません。

録音は1951年4月1日で、場所はニューヨークの「メイク・ビリーヴ・ボールルーム」となっています。「見せかけの舞踏場」なんてしゃれたタイトルです。メンバーはベニー・グッドマン(cl)、テディー・ウィルソン(p)、ジーン・クルーパ(ds)のトリオの他、曲ごとにルー・マックガリティー(tb)、バック・クレイトン(tp)、エディー・サフランスキー(b)、ジョン・スミス(g)が参加しています。

1曲目 "China Boy" は昔からの得意曲で、ここはトリオ演奏。最初に出てくるテディーのピアノソロも、次に出てくるベニーのクラリネットも張り切っています。クルーパのドラムソロが燃え立つばかりで、そちらに耳を奪われますが、実に聴くべきは正確なバスドラ捌きで、そのためジーンのいた時ベニーのコンボにベーシストが入る余地はなかったといわれています。

2曲目は名スタンダード "Body and Soul" 。テーマ演奏からベニーとテディーの掛け合いが際立っています。本当はあまり仲がよくなかったという話もありますが、一級の芸術家においては個人的事情がさほど影響していないことがよく分かります。ベニーはサブトーンにまで降りていったり、単に名人芸といえないような心のこもった演奏をしています。それを受けるテディーのピアノも、まるでアート・テイタムを髣髴とさせる珠を転がすような演奏。

"Running Wild"は、スイング時代のチョッパヤ曲で、演奏する人の力量が試されますが、円熟の頂点に差し掛かりつつある3人には、むしろやりがいのある曲として写っているのか、そばらしく白熱した演奏です。途中でベニーが "One more, Gene" (ジーン、もう1コーラス行け!)と叫んで盛り上げ、炎上したままホットな演奏は終わります。

4曲目は "On the sunny Side of the Street" (「明るい表通りで」)。日記ブログにも書きましたが、この曲は最近リバイバルしているようで、CMにもよく使われますね。ここでベースのエディー・サフランスキーが加わり、彼のベース・ソロを大きくフィーチャーしていますが、コーダに向かってブルージーに崩していくベニーもなかなかのもんです。

5曲目の "After You've Gone" は、モダンジャズになってもいくつかの曲でそのコード進行が使われる名スタンダード。今度はベースに加えてギターのジョン・スミスが参加し、熱いギター・ソロを展開します。そしてA面のハイライト、 "Basin Street Blues" が登場します。ここで聴かれるベニーの力強いクラリネット・ソロはエリントン楽団のラッセル・プロコープを意識したかのようなソウルフルなプレイです。この曲に参加したボントロのルー・マックガリティーも、ジャック・ティーガーデンに匹敵するような心のこもったブルース・ソロを展開しています。

B面冒頭は、ベニーの得意曲でチャーリー・クリスチャンとの因縁浅からぬ、スイング時代の名曲 "Rose Room" です。この演奏で聴かれるような「ダウンしていく感じ」のベニーは極上で、単なるテクニック自慢に陥っていません。おそらく旧友達との再会と演奏の主旨が彼に火をつけたのでしょう。

2曲目はこれもスタンダードの "Honeysuckle Rose"。ミュートを噛ませたバック・クレイトンのトランペット・ソロが実に素晴らしい。ギターも"もろ"バップというほどではないにせよ、かなりモダンな味付けを加えた名ソロ。テディーのピアノは華麗そのもの。本アルバムのトップといっていいトラックです。やはりB面2曲目の伝説は正しかったのかもしれません。

3曲目 "I've Found a New Baby" は、私がシカゴ病に罹っているときに捜し求めた曲。ここでは、そのマイナーキーを利用して、ベニー達が「シング・シング・シング」〜「クリストファー・コロンブス」にいたる展開を再現し、観客もどよめいています。

そしてラストはジャム・セッション風の "One O'clock Jump"。ベイシー風の簡素なピアノを経てソロ・オーダーはバック・クレイトン→ベニー・グッドマン→ルー・マックガリティー→テディー・ウィルソン→ジョン・スミスと続き、最後はジャムセッション風の集団即興演奏で盛り上がり幕を下ろします。この演奏でもジーンのドラミングが強力な推進役になっています。

こうしたいかにも「知る人ぞ知るLP時代の名盤」といったアルバムはなかなかCDで再発されないのですが、今回グレン・ミラーと抱き合わせで出ていたので、下に紹介しておきます。4枚組みCDですが、グレン・ミラーも聴けるお徳用盤です。

ラベル:jazz, ジャズ
posted by G坂 at 21:57| Comment(0) | jazz | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年07月01日

Dizzy Gillespie: Jambo Caribe (Limelight)

jambo caribe

「暑くなると涼しい音楽が聴きたくなる」、なんてことは毎年書いているような気がします。おととしの夏はこんなマクラでスタン・ゲッツの『ウェスト・コースト・ジャズ』を紹介し、昨年はあまりに暑かったので、開き直ったかのように『ディッピン』を紹介していました。

暑い時のラテン・フレーバーといえばボサノバですが、今回はカリプソを紹介したいと思います。アルバムはディジー・ガレスピーの『ジャンボ・カリベ』。このアルバムの1曲目 "Fiesta Mojo" を聴いたのは、私がジャズにのめり込むきっかけとなったラジオ放送であるということは以前の記事で書きましたが、実際にアルバムを手に入れたのはずっと後のこと、CD時代になってからのことでした。

メンバーはディジー・ガレスピー(tp)の他、ジェームス・ムーディー(ts & fl)、ケニー・バロン(p)、クリス・ホワイト(b)、ルディー・コリンズ(ds)、そしてカンザス・フィールド(perc)で、1964年11月の録音です。

1曲目にして初めてディジーに接する曲となったのが "Fiesta Mojo"、『呪い士の宴会』という意味だそうすが、作曲はディズ本人。ちょっとおどけたかのように大袈裟なオープニングから、楽しいカリプソのリズムに乗ってテーマが登場。カリプソのリズムであっても、コード感豊かなバップのメロディーです。ソロはケニー・バロンのピアノからスタート。続くディジーのソロは私にとって「それまでのジャズとモダンジャズ」との違いをまざまざとみせつけるものでした。響きが軽くて緊張感があるんですね。バップの特徴です。ジェームス・ムーディのフルート・ソロを経てテーマに戻ります。

2曲目の "Barbados Carnival" はベースのクリス・ホワイトによる曲。「アーハ」というコーラスに乗って、畳み掛けるようなリズムが演奏されますが、これは西インド諸島のバルバドスでクリスが経験した音楽だそうです。

3曲目の "Jambo" はディジーの作曲で、イメージとしては「アフリカ」「カリビアン」そして「バップ」を融合させた、当時のしてのフュージョンです。いきなりディジーのスキャットで始まりますが、ディズのスキャット好きは昔からで、サッチモとスキャット合戦をやったときも、サッチモに「唾がかかる」と即興でからかわれながら楽しそうに演奏していました。ディズのアドリブはアフリカはアフリカでも、北アフリカ、イスラム圏のようなフレージングを繰り出し「チュニジアの夜」作曲者としての面目躍如です。

"Trinidad, Hello" は、"Nica's Dream" などに通じる、マイナー調の「ド」ハード・バップ曲。作曲はケニー・バロン。トリニダード(国名)と "tri" (3つまり3拍子)をかけた洒落っ気のあるタイトルですが6/8で演奏されていますが、わりとど真ん中の演奏で、ラテン・リズム一直線のアルバムが陥りがちな「ダラっとした」感じにならぬように締めています。

5曲目の "Poor Joe" はカリプソ作曲家のジョー・ウィロビーによる曲で、西インド諸島の「結婚の歌」だそうです。「気の毒なジョー」というタイトルにふさわしく、最後は細君にフライパンを投げつけられて「アー」といって倒れるところまで、ディジーが歌っています。

6曲目の "And Then She Stopped" はディジーの曲。綺麗なラインの曲でジェームス・ムーディーが大活躍です。

7曲目 "Don't Try to Keep up with the Joneses" は再びジョー・ウィロビーの曲。歌はディジーとクリス・ホワイトの掛け合い、そしてアン・ヘンリーが後半登場します。ディズがメインの歌ですが彼の歌う音の強弱がはっきりしすぎてていて、強いところは歌っているというより怒鳴っている感じがします。

最後は再びケニー・バロンの "Trinidad, Goodbye" ですが、今回は4ビート。素晴らしく中心的な演奏で、このアルバムを締まったものにしています。この4曲目と8曲目、つまりLP時代のA面B面の最後に、彼らの「こころざし」を感じるわけです。8分超の名演。これを聴くと、ディジー・ガレスピーが日本でいかにアンダー・レイティッドかを痛感します。



ラベル:jazz, ジャズ
posted by G坂 at 00:13| Comment(0) | jazz | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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