2007年09月29日

Miles Davis: Bag's Groove (Prestige)

Bags Groove

「バグス・グルーヴ」という、シンプルさがとりえの何の変哲もないFのブルースが、今日も明日もどこかのセッションの口開けブルースで演奏され、洛陽の紙価を高めたのはおそらくこのアルバムの演奏によるものでしょう。まあ、「洛陽の紙価を高める」というフレーズを一度は使ってみたくて、敢えてこんなことを言い出したのですが、実際この曲のアドリブで聴かれるマイルスのフレーズこそ、一度はどこかで使ってみたいようなフレーズに溢れています。もしこの演奏なかりせば、「バグス・グルーヴ」はMJQのレパートリーのブルースの一つで終わってしまったでしょう。

アルバム『バグス・グルーヴ』は1954年12月24日のクリスマス・イブに吹き込まれたことから、「マイルスのクリスマス・セッション」と呼ばれる歴史的に有名なセッションが含まれたアルバムで、『マイルス・デイビス・アンド・ザ・モダンジャズ・ジャイアンツ』という長々しく禍々しい名前のアルバムと対になっています。この2枚のアルバムに収められた「クリスマスセッション」が有名な理由は、これが「ケンカ・セッション」であったという口裂け女も真っ青の都市伝説に基づいています。つまり、「俺のバックでピアノを弾くな!」といつもの通り居丈高に言ったマイルスにカチンと来たモンクが、文句を言わずに「ザ・マン・アイ・ラブ」(『モダンジャズ・ジャイアンツ』に収録)で弾くのを止めてしまい、焦ったリズムセクションのざわめきや「早く弾けぇー」と命ずるマイルスのペットが入っているという伝説です。近年、マイルスの自伝が出版されたりしてこれが文字通り「伝説」で事実と違うことは明らかとなりました。しかし、サッチモが歌詞の紙を落としたからスキャットが生まれたという伝説と同じで、これは「喧嘩セッション」のほうが納まりがよいような気がします。モノゴトはこれ「詩と真実」ですから。クリスマス・セッションのメンバーはマイルス(tp)、ミルト・ジャクソン(vib)、セロニアス・モンク(p)、パーシー・ヒース(b)、ケニー・クラーク(ds)です。

都市伝説の視点で言うと、本作『バグス・グルーヴ』の1曲目でタイトル曲の「バグス・グルーヴ」(take 1)は、喧嘩こそ発生していないものの、マイルスとモンクの確執による異常に高いテンションの中生まれたたぐい稀なる名作ということになりますが、その視点を取り去ってもこれは実に深い味のある名作です。まずマイルスと作曲者のミルト・ジャクソン(vib)がユニゾンでテーマを奏でます。その後に出てくるマイルスの抑制されたブルース・プレイ。ラインの狙いというかフレージングは『ウォーキン』に聴くブルース・プレイと同じですが、『ウォーキン』に比べると格段に抑制的で「少ない音符で最大の効果」を発揮するマイルスの特徴が見えはじめています。

続くミルトのソロは、作曲者ということを差し引いても絢爛たるソロで、絢爛過ぎてこれがヴァイブでなく管楽器だったら、かなり粘っこいフレージングになっていることでしょう。クールなヴァイブの音色だからこそ成り立つような、絢爛たるブルースです。

モンクのソロは、ドイツ人批評家ヨアヒム・ベーレンが「歴史上もっとも構成力を持ったソロ」と言ったそうですが、ドイツ人が「構造的だ」などという場合は、たいてい「スイングしていない」の言いかえではないのですかね? 8) 前のフレーズが後のフレーズに論理的に発展していくということなのかも知れませんが、モンクの特色は強く出たソロではあります。

再び出るマイルスのソロがまた素晴らしい。一体何度この演奏を聴き返したことでしょう。マイルスの以前の記事でも書いたと思いますが、マイルスの場合、ソロが一巡してもう一回取るアドリブが凄くよい。抑えたマイルス→絢爛たるミルト→奇妙なモンク、と来て再びソロを取ったマイルスが、短い小節数の中で起承転結を考えた素晴らしいソロを取ります。

2曲目は、同じ「バグス・グルーヴ」のテイク2。1曲目よりも緊張感が欠けているのですが、マイルスのアドリブを聴くと面白いことが分かります。それは、マイルスという人は大きなラインを予め描いておいてそれに沿ってアドリブを展開する人だった。したがって、テイク1も2もアドリブ全体の構成は似通っていて、各部のフレージングにいくらかの違いがあるということです。ミルトのソロはこちらのほうがさらにタメが効いて粘っこくなっていますが、大きなラインは似ています。モンクはテイク1とは全く違ったアプローチで弾いていてストライド・ピアノなども繰り出していて、私としてはこちらのソロのほうが好きです。

3曲目からは54年の6月29日のセッションに変わります。メンバーはモンクがホレス・シルバーになった他、ロリンズが加わります。こちらのセッションも名手ぞろいなので手堅い演奏になっています。"Airegin", "Oleo", "Doxy" はどれもロリンズの曲で、いずれもいわゆるジャズ曲(ジャズ・スタンダード)になって現在でもよく演奏される曲ですが、ここにその原点があります。

5曲目、7曲目に2つのテイクを配するスタンダードの "But Not for Me" はチェット・ベイカーの歌が有名ですが、それぞれテンポを変えて全く違うアプローチをしているところに興味を惹かれます。この曲の解釈としてはどちらも極めつけ。必聴です。

喧嘩セッションという伝説はしょせん都市伝説ですが、このセッションもまた伝説的なセッションということができます。

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2007年09月27日

Thelonious Monk: Thelonious Monk Trio (Prestige)

monk trio

セロニアス・モンクの場合、バド・パウエルとは違ってピアノ・トリオの作品は驚くほど少ない。管を入れて分厚いハーモニーを出したほうがモンクの世界をより正確に描けるというのもあるのでしょうが、より大きな理由として、モンクはハーレム・ストライド・ピアニストの流れを汲んでいて、本質的にはソロ・ピアニスト兼作曲家だからだと思います。初期モンクのピアノ・トリオは3枚ほどで、1枚がこの『セロニアス・モンク・トリオ』、もう1枚が、『プレイズ・デューク・エリントン』(Riverside)、残りの1枚が『ザ・ユニーク』(riverside)です。後者2枚がそれぞれ「エリントン集」「スタンダード集」という性格なのにたいして、本作はモンクのオリジナルがメインとなっていて丸々1枚トリオで固めた(1曲ソロ・ピアノがありますが)作品としては最初のものです。

録音は1952年10月と12月セッション、そして1954年9月のセッション。メンバーは52年10月がゲイリー・マップ(b)とアート・ブレイキー(ds)、12月はドラマーがマックス・ローチに代わります。54年のセッションはパーシー・ヒース(b)とブレイキー。しかし、この疎らぶりはどうでしょう?一説には、「モンクはボブ・ワインストック(プレスティッジの社長)に飼い殺しにされていた」と言われていて、仕事が極めて少なかった。さらに、バドの罪をかぶるような形で麻薬所持の罪を着せられ有罪となり、あの悪名高き「キャバレー・カード」を取り上げられたため、クラブへの出演もままならなくなった。そんな時代の演奏なので、一種の開き直りというか、何ものにも媚び諂わず、哄笑すら聴こえてくるような演奏になっていますが、そこがまた魅力でもあります。

1曲目 "Little Rootier Tootie" はモンクのオリジナル曲。それにしても、テーマに聴かれる甲高い音。ホイッスルを模したものだそうですが、一種のシニシズムが感じられるような曲想です。アドリブに入るといきなりモンクの世界。アート・ブレイキーのドラミングはモンクの間を上手く埋めながら音楽を推進させています。2曲目の "Sweet and Lovely" は甘いスタンダードですが、テーマに差し挟む不協和音がその甘さを排除して、モンクの独自性を出しています。ソロに入ってダブルタイムになったあたりで、モンクのルーツであるストライド・ピアノや目くるめくピアノの技法が遺憾なく発揮されます。このピアノを聴いても、まだ「モンクは下手だ」という人がいたら、耳が逆さまについてるんだと思います :P 続く3曲目 "Bye-Ya" はラテン・リズムを伴ったモンク曲。モンクのプレイに即座に対応するブレイキーが光る1曲です。4曲目 "Monk's Dream" はモンクが見た悪夢を模したと言われていますが、サビのところが面白いメロディーをもった曲です。ここまでの4曲が52年の10月セッション。

5曲目 "Trinkle Tinkle" からは12月のセッションになり、ドラマーがローチになります。曲名から分かるとおりキラキラした感じの曲想を持った複雑なナンバーです。6曲目は "These Foolish Things"。この大スタンダードも、モンクにかかると独自の曲のように聞こえます。7曲目(私のレコードだと、ここからB面)の "Blue Monk" はB♭のブルースで、私がとても好きな曲です。この曲と次の "Just a Gigolo" は54年のセッションにいったん飛び、再び最後の3曲が52年12月のセッションになります。ただ、CDでは曲順がいろいろになっているので注意してください。さて「ブルー・モンク」ですが、ブルースということもあって、マイルスとやったクリスマスセッションの「バグス・グルーヴ」にかなり近い演奏になっています。パーシー・ヒースとブレイキーがそれぞれ素晴らしいソロを取って、テーマに戻ります。この曲のすばらしさは、モンクの特質と同じく伝統的なものと近代的なものが見事に融合している点です。ニューオリンズ・アンサンブルでやっても違和感がないし、バップでやってもちっともおかしくない、そういう優れた特質を持った曲なわけです。「ジャスト・ア・ジゴロ」はソロ・ピアノ。モンクのロマンティックな資質がよく出ています。

9曲目は "Bemsha Swing"、再び52年12月のセッションです。ここではマックス・ローチが積極的にモンクに絡んで行き大活躍しています。最後の曲は "Reflections"。非常に美しい曲でいくつもの名演奏が残っている曲です。

モンク初期の傑作。

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2007年09月25日

Sonny Rollins: Vol. 2 (Blue Note)

vol2

ブルーノートの名ジャケというと、トップに挙げられるのがこの『ソニー・ロリンズ Vo. 2』です。後にロックのジョー・ジャクソンがこのジャケットをパロディー化したようなアルバムを出して、ジャズに対するアイロニカルなアプローチを試みていることからも、このジャケットの名ジャケ度がわかろうというものです。

joejackson

CD屋の店先でこのジャケットを目にしたときは笑ってしまいました。

ロリンズのほうはブルーを基調とした色合いで、テナーが中心にどーんと構えて、ベルがこちらを向いています。この迫力がいい。『ブルー・トレイン』も名ジャケですが、あのうつむいた感じが後のコルトレーンを髣髴とさせるのに対して、目を上げてあさってのほうを見つめているこの写真は、やはりロリンズの姿勢というかその音楽を上手く表現しているように思えるわけです。ホントは疲れて飴ちゃんで糖分補給しているコルトレーンと、一服して適当な方を向いているロリンズであったとしてもです。まあ、入れ物についてばかり語っていても仕方がないので中身のほうに行きたいと思います。

このアルバムは1957年4月14日のセッションを録音したもので、メンバーはロリンズ、J.J.ジョンソン(tb)、ホレス・シルバー(p)、セロニアス・モンク(p)、ポール・チェンバース(b)、アート・ブレイキー(ds)です。ピアノが2人いるのは、モンクが特別参加として彼の曲に参加しているからです。タイトルの「Vol.2」は、前年の12月にブルーノートで吹き込まれたアルバムがあるので第二弾という意味でつけられています。ブルーノート時代はこの後、『ヴィレッジ・ヴァンガードの夜』(57年)、『ニュークス・タイム』(58年)で終わりを告げ、コンテンポラリーに吹き込んだあと、ロリンズはヨーロッパに楽旅に出かけ、その後『橋』(1962)での復活まで、有名な「雲隠れ」をするわけです。

A面1曲目はロリンズ・オリジナルの "Why Don't I" で、リフを積み重ねるロリンズらしい曲想のナンバー。ロリンズはまさに全盛時代という感じで、ぶっとくて豪快なテナーで自由なソロを取ります。J.Jのソロも彼らしく端正ながらも力強さがあっていい。ピアノはホレス。独特の粘りのあるタッチのピアノです。また、素晴らしいのがソロの後ろで絶妙な表情の色分けをするブレイキーのドラム。そのあと、ドラムと各楽器が4バースをしていきますが、ロリンズが飛び出しをしてしまいます。しかし、前にもどれかの記事で書いたように、こうした失敗は加点法のジャズではカウントされず、それを上回るエネルギーがある場合は全く問題ないのです。

2曲目 "Wail March" もロリンズ・オリジナル。出だしこそマーチですが、テーマはバップです。しかも急速調。そんなテンポでもサックスのように流麗なソロを取るJ.J.は本当に凄い。ロリンズ、ホレスと素晴らしいソロが続いていきますが、ここでも全体を牽引しているのはブレイキーの熱のこもったドラムです。

3曲目 "Misterioso" は、有名なモンクの曲。6度を基本に飛び上がりながら展開していく3コードのブルースです。テーマが終わって冒頭に出てくるロリンズのソロ。ジャズの魂が感じられる素晴らしい出だしです。モンクとロリンズは相性がよく、バッキングを努めるモンクの上で、他の誰のものでもないロリンズの節を展開しています。この「他の誰でもなく」という修飾語はジャズにおける最大のほめ言葉ですが、その典型がモンクです。モンクが独自のピアノソロを取った後は、J.J.のソロ。ここでバッキングがホレスに代わったようです。ダブル・タイムになった後、お決まりのブルース・フレーズが飛び出します。ホレスのソロもモンクに影響を受けたのか、モンク風のフレーズから始まり、徐々に粘っこいブルースになっていきます。ポールのベースソロを経て、ブレイキーとの4バースに入りますが、ロリンズは「草競馬」の一節を引用したりしてます。A面のハイライトといえる名演奏です。

B面1曲目もモンクの "Reflections"。J.J.とホレスが抜けます。タイトル通り内省的で美しいラインを持った曲です。このカルテット演奏は、お互い(モンクとロリンズ)の個性を充分に引き出していて、名演と呼ぶことができます。また二人の相性の良さを如実に示している演奏でもあります

2曲目はスタンダードの "You Stepped Out of a Dream"。割と速めのテンポで演奏されます。ソロの順はロリンズ→J.J.→ホレス→ポール。ここでも演奏の推力となっているのがブレイキーの激しくも繊細なドラミングで、ロリンズに対しては最初から攻撃的なシンバルやタムの連打を加え、J.J.に対しては彼が吹き上げ始めるまではハイハットとシンバルレガートで抑え、ホレスにはリムショットでおかずをつけるといった配慮を見せています。4バースを経てテーマに戻り演奏を終えます。

3曲目もこれまたスタンダードで "Poor Butterfly"です。この演奏はとても不思議で、ロリンズははじめと終わりにテーマを崩し気味に吹いているだけなんですね。にもかかわらず、ロリンズの楽想の広さというか深みが感じられるわけです。なんというのか、無理にアドリブを数コーラス取らなくても自分の世界が展開できるロリンズの凄みが表れている演奏だと思います。

ジャケだけでなく、中身も超濃い一枚です。

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2007年09月24日

Miles Davis: Four & More (Columbia)

Four and More

音楽の命はテンポだなと思う時があります。たとえばチャーリー・パーカの「ココ」などを(速吹きできないので)ゆっくり吹いていると、驚くほどクラシカルで優雅な展開だということが分かって首を傾げます。何も無理してあのテンポで吹かなくても充分綺麗なのにと疑問に思うわけです。しかし、あのテンポから繰り出される疾走感とか一体感というものがなければ、「ココ」は「ココ」でないし、バドの「インディアナ」も「バドのインディアナ」ではなくなる。テンポと、さらにそこに内在するスピード感によって、狙いとする音楽のテクスチュアリティーが決定してしまうわけです。そういえば『ポピュラー・エリントン』の記事で紹介した、エリントンに対するフランスの批評家アンドレ・オデールによる批判も、要するにエリントンの「コ・コ」(パーカーの「ココ」とは別の曲)のテンポ設定に対する批判でした。クラシック音楽でも、テンポの設定が指揮者ごとの曲に対する解釈の違いを際立たせることがあるように、テンポというものは音楽の本質を握る重要な要素だと思えるわけです。

マイルスのライブ盤『フォア&モア』は1964年2月12日、リンカーン・センターのフィルハーモニック・ホールで行われたライブ録音。メンバーはマイルスのほか、ジョージ・コールマン(ts)、ハービー・ハンコック(p)、ロン・カーター(b)、トニー・ウィリアムス(ds)で、『セヴン・ステップス・トゥー・ヘヴン』の5月セッションに始まるクインテットです。尺の関係で「チョッパヤ」の演奏を選んで編集したものがこの『フォア&モア』、バラード演奏主体に選曲したものが同じコロムビアから出ている『マイ・ファニー・バレンタイン』です。この2枚、どちらがいいかと訊かれれば、まずたいていの人は『フォア&モア』だと答えるぐらいにチョッパヤ曲の高揚感や疾走感は尋常でない。1曲目 "So What" にしても2曲目 "Walkin'" にしてもそれ以前のマイルスによるオリジナル演奏を考えるとまったく別の曲に仕上がっているようで、フシが違うよ、そもそもタイトルが違うよと言いたいほど。「ウォーキン」なんて全然「ウォーキン」じゃないわけです。トニーがとにかく凄い。突っかけ気味に連打することで、演奏自体を前へ前へと押しやっていきます。マイルスは「トニーと演るようになってから、音楽を高域で捉えられるようになった」と『自伝』に書いていますが、たしかにそれまでのような抑制したプレイではなく、高音を連発していきます。またテンポやリズムが自由に変化するのですが、本当に自由だったらしく、「予め決めておいたわけではない」とジョージ・コールマンは述べています。この結果、『カインド・オブ・ブルー』ではまだまだソロ回しに終始していた「ソー・ホワット」などのモード曲が、真の意味で解放され自由なインタープレイを導入することが可能になったわけです。

3曲目の "Joshua" は『セブン・ステップス』でも演奏されたフェルドマンの曲ですが、リズムの変化はますます奔放になり、テンポを自由に動かしながら突き進んでいく演奏に、このグループの実力が表れています。5曲目の "Four" にしても6曲目 "Seven Steps to Heaven" にしても、その疾走感は変わりなく、迫力満点です。

最後の "There Is No Greater Love" だけはスタンダードでテンポもミディアムですが、マイルスの吹き方は以前とは明らかに違って、高域の多用、音の自由な選択、あえて伝統的なフレージングをはずして掻き鳴らすような奏法になっています。ただ唯一変わらないのはトランペットの音色で、『ミュージングス・オブ・マイルス』の "A Gal in Calico" と全く変わっていないことに驚かされます。

完成されたものに安心するのではなく、つねに挑戦し続けるマイルスの姿をよく表したアルバムだと思います。

「あとは全速力で駆け抜けるのみ」 ---ジョン・エフランド

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2007年09月20日

Miles Davis: Milestones (Columbia)

Milestones

『天国への七つの階段』の記事でも書いたとおり、「マイルストーンズ」という曲の大空に広がっていくような解放感が好きです。アルバム名も文字通り『マイルストーンズ』。「里程標 (mile-stones)」と「マイルスのサウンド (miles-tones)」がかかった、洒落のあるネーミングです。58年の吹き込みで、コルトレーン、キャノンボール、ザ・リズムセクションのセクステット編成。

まずジャケットがよい。ペットをしっかり握って、クッとこちらを睨むように「どうだ!」という目つきで写っているマイルスが素晴らしい。彼が新たな一里塚を踏破した自信と、自らのサウンドを確立した確信が現われています。

1曲目 "Dr. Jekyl" はジャッキー・マクリーンの曲。ハード・バップ期に流行った「ペック」という奏法をモチーフにした曲想です。ペックについては、以前の記事で扱っていますが、鳥が啄ばむ(ペック)ような感じの短いリフの積み重ねのことです。これは意外と保守的な演奏。つまりコードを重視した感じです。ところが2曲目 "Sid's Ahead" になると事情は変わります。「ウォーキン」をぱくったようなマイルス作曲のブルースですが、バップのようなブルース演奏を期待していると驚かされます。私自身最初聴いた時はなんだか分かりませんでしたが、何度も聴くうちに、これは「モード」に対する挑戦なんだと分かってきました。調性感を犠牲にしたために、浮遊したような安定感のない、悪くいえば不安を掻き立てるようなソロが続きます。実際にはまだ「モード」そのものではなく、テンションをわざと入れていくようなアプローチなんです。ここでのバックのピアノはマイルスだと言われています。

3曲目の "Two Base Hit" はディジー・ガレスピーの名曲で、ドラムのフィリー・ジョー・ジョーンズが大活躍しています。そして4曲目、タイトル曲の "Milestones" です。疾走するようなAメロと叙情性すら感じさせるBメロ。先発のキャノンボールは、畢生の名ソロです。続くマイルスのソロも、アルバム裏面の解説にある通り「ビックス・バイダーベック以来、もっとも美しいミュート・ホーン奏者(マイルスのこと)をフィーチャーしている」といえる美しく、はかなさを感じさせる名演。コルトレーンはもう少し行数が長くないとまとまらないかなといった感じです。ピアノのレッド・ガーランドは、まさに彼の限界というべきか、バッキングのつけ方に戸惑っている感じで中途半端です。

このガーランドが「マイルストーンズ」で不完全燃焼の仇を討つ、あるいは憂さを晴らすかのように、ビバップ全開でトリオ演奏をしているのが、5曲目の "Billy Boy"。最後はモンクの名曲 "Straight No Chaser"。ここで、面白いことが分かります。このセッションの途中で、レッド・ガーランドがカンカンに怒って帰ってしまい、そのため2曲目の「シッズ・アヘッド」でマイルスがピアノを弾く羽目になったと『自伝』にありましたが、「ストレイト・ノー・チェイサー」で弾くガーランドのピアノソロの後半は、パーカーの元でやっていた若い頃のマイルスのたどたどしいソロ(『サヴォイ』の「ナウズ・ザ・タイム」)をそのままコピーしたものです。これは嫌味でやったとしか思えません。タッチも乱暴で開き直ったように響きます。1ヶ月前のこの時点ですでに二人のカクシツというかカクチクはあったようです。本当の「喧嘩セッション」は、実はこちらなのです :-P

歴史的名盤『カインド・オブ・ブルー』の直前に聳え立つ名作。比べてみるとずっと不完全ですが、その不完全さとそれゆえの力強さが逆に魅力になる一枚でもあります。

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2007年09月18日

Bill Evans: Waltz for Debby (Prestige)

w4d

ビル・エバンスの来日公演に出かけました。モダン・ジャズにやっと開眼したばかりだったのですが、家族が新聞を見て「ビル・エバンスという人が来るから、聴きに行きな、お金は自分で工面しな」と無茶振りをしたので、手持ちのお金を遣ってチケットを取り寄せ、またいつも行っているレコード屋で「ビル・エバンスって人の代表作を下さい」とアドバイスを貰って『ポートレイト・イン・ジャズ』を買い、それを何度も聴いて予習をした後、勇んで芝の郵便貯金ホールに出かけました。しかし、残念なことにこの日コンサートは中止になっていました。前日にビル・エバンスが急死したからです。代役も立っていたのですが、払い戻しに応ずるというので払い戻しをしてもらい、後日そのお金を遣って購入したのが、Riverside4部作の一枚である『ワルツ・フォー・デビイ』でした。

打ちのめされました。この世にこんな美しいピアノがあるのかと。冒頭の "My Foolish Heart"。曲そのものを知りませんでしたし、何をやっているのかも正直わかりませんでしたが、果てしなく美しく、そして力強い。2曲目の "Waltz for Debby" がこれまたすごい。イン・テンポに入ってポール・モチアンのドラムがシャーシャーと入ってくるところなんか、今聴いてもトリハダ物です。その頃はまだインタープレイの妙味など分からなかったので、ベースはソロに聞き耳を立てていましたが、これもギターのように旋律性が高くて驚きました。そして何がよいといって、クラブの雰囲気がよく出ているところ。私語が後ろのほうで聞こえています。私も含めてたいていの人は、この2曲で打ちのめされます。

3曲目 "Detour Ahead" はぼんやりとした輪郭のテーマ弾きから始まるので、背後の私語やグラスの触れ合う音がよく聞こえて自分もヴィレッジ・ヴァンガードにいるような気持ちになる演奏です。後半になると徐々に盛り上がっていくところも上手い構成です。

B面の "My Romance", "Some Other Time" もこれまでのムードの延長線上にある名演です。最後の曲、マイルスの "Milestones" はアップ・テンポで演奏され、少しムードの方向は違いますが名演です。寺島さんが『チェット・ベイカー・シングス』は一つの組曲で、「ヴァレンタイン」はいわゆる「サマータイム」だと書いていましたが、『ワルツ・フォー・デビイ』にも全く同じことが当てはまります。全体のムードが統一されて、全部で1曲として聴けるわけです。それもそのはずでこのレコードは、ビル・エバンス、スコット・ラファロ(b)、ポール・モチアン(ds)のトリオによる、マンハッタンのヴィレッジ・ヴァンガードでのライブを編集したもので、ムードの統一を図った編集がなされているわけです。対になる『サンデイ・アット・ザ・ヴィレッジ・ヴァンガード』はもう少しバリエーションがあり、スコット・ラファロとのインタープレイにもさらに焦点が当たっています。録音は61年の6月25日。この直後の7月6日、ラファロが急死することで、このジャズ史上最も重要なトリオの一つはその歴史に終止符を打ちます。

後になって分かったことですが、晩年のエバンスはかなりムズカシ的な演奏をしていたようで、あの時実際にコンサートを聴いて初心者の私が理解できたかどうかは不安です。しかし、それでも生エバンスに会えなかったことは今でも残念でなりません。

CDになってからボーナス・トラックが追加されています。このアルバムは名盤過ぎて、CD・アナログともに音質からジャケットまで様々な付加価値をつけた商品が出回っていますが、下のリンクは近く再発される通常盤です。

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2007年09月16日

Miles Davis: Seven Steps to Heaven (Columbia)

Seven Steps to Heaven

"Seven Steps to Heaven"(「天国への7つの階段」)は、てっきりマイルスの作曲だと思っていたら、ヴィクター・フェルドマンの作曲と知って驚きました。マイルスの曲としては "Milestones" と並んで、心が広々と大空に拡大していくような曲想で、特に気に入っていた曲だからです。確かに、「マイルストーンズ」の時点でモーダルな曲になっているのに対して、「天国への七つの階段」はコーダルな曲で、サビなんか三度も転調しています。ライナーのクレジットだけでなく『自伝』にも「フェルドマンの持ってきた曲」と書かれているので気づいたというわけです。

アルバム『セヴン・ステップス・トゥ・ヘヴン』はこの曲の他、マイルスがスタジオ録音でスタンダード物をやった最後のアルバム、そしてハービー〜ロン〜トニーが一堂に会した最初のレコーディングとして有名です。セッションは2つ。63年の4月と5月のもので、4月はロサンゼルス、5月はニューヨークでの録音です。さらにメンバーが違い、4月はヴィクター・フェルドマン(p)、ロン・カーター(b)、フランク・バトラー(ds)、5月はジョージ・コールマン(ts)、ハービー・ハンコック(p)、ロン・カーター(b)、トニー・ウィリアムス(ds)となります。この2つのセッションを交互に並べているのがこのアルバムです。

1曲目の "Basin Street Blues" は4月。サッチモも吹き込んでいる古い曲ですが、ここでの演奏は新しい。カデンツァから始まって、リズムがインテンポになってコーラスに入ってもなかなかメロディーを出さない。小出しにしている。「あれなんだっけ?」と思っているとフェイクされて、煙に巻かれる。中盤(5分を過ぎたあたり)でやっと丸々メロディーが出てきて納得するという仕掛け。このパターン、実はキースがスタンダーズでよくやっているパターンなのですが、元はマイルスだったんですね。フェルドマンのピアノも快適にスイングし、フランク・バトラーの「古めかしさ」と調和しています。現代若手4ビートが古い曲をやるときのお手本にもなっていそうな名演です。

2曲目の "Seven Steps to Heaven" は5月のセッション。上にも書いたように、広々とした曲想の上をマイルス、ジョージ・コールマン、ハービーがソロを取っていきますが、それを支えているトニーのドラミングがすでに凄いことにも驚かされます。45年生まれですからこの時わずか18歳!この曲、フェルドマンの作曲ということで4月のロス・セッションでも吹き込まれたのですが、ボツになり、改めてこのメンバーで吹き込んだそうです。

3曲目の "I Fall in Love to Easily" は、伝統的というかマイルスによるバラード演奏の典型のようなナンバーですが、プレスティッジ時代よりもずっと音の選択が広がっていて、やはり時代の違いを感じさせます。フェルドマンのソロもマイルスのコンセプトに合わせて新しい感じで弾いています。

4曲目 "So Near, So Far" はかなりてこずったらしく、最初4月のロス・セッションで吹き込んでも上手く行かず、5月のNYセッションで吹き込んだうちのリハーサル・テイクの方。本テイクはやはり間違った音だらけで使い物にならなかったということだそうです。確かにドラムに過重な負担を強いるアレンジですが、トニーがこれをこなしていることに驚かされます。

5曲目の "Baby, Won't You Please Come Home" は20年代からビックス・バイダーベックなどが賑々しく演奏してきた曲ですが、マイルスは最初バラードと間違うばかりにテンポを落としてヴァース(もともとあったのか、マイルスがカデンツァ風に付け加えたのか)から吹き始め、その後もマイルスがライブでよくやるようにテンポを動かしながら演奏を続けていきます。

ラスト曲の "Joshua" もフェルドマンの曲ですが、やはり5月のNYセッションでの吹き込みを採用。激しい転調と4/4から3/4へと変化するなど、トリッキーな難曲ですが、全員自然な演奏を繰り広げています。

このアルバムを丹念に聴いていけば、4月から5月へのたった1ヶ月でマイルスのやりたかったことがより明確化していく過程に気づきます。またヴィクター・フェルドマンという有能なミュージシャンが、ツアーの誘いを断ってくれたためにハービーへと繋がり、最強の第2次黄金カルテットに至ることを考えると、不思議な気持ちになるアルバムです。

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Miles Davis: The Musings of Miles (Prestige)

The Musings of Miles

バンドのサウンドをエクスパンドしようと常に努力を続けていたマイルスには、ワン・ホーン物は驚くほど少ない。そのうちの1枚で、全編これワン・ホーンで通したのがここで紹介する『ザ・ミュージングス・オブ・マイルス』です。別名『シャツのマイルス』。マイルスはこのレコーディングの6週間後、ニューポート・ジャズ・フェスティバルの演奏で名声を確立し、コロムビアからのオファーを受け、それがプレスティッジのマラソン・セッション、内緒で吹き込んだ『ラウンド・アバウト・ミッドナイト』に繋がったことは、関係記事でもろもろ述べてきたとおりです。

このアルバムは1955年6月7日のレコーディング。メンバーはマイルスのほか、レッド・ガーランド(p)、オスカー・ペティフォード(b)、フィリー・ジョー・ジョーンズ(ds)で、第一次黄金クインテットの3名が揃っています。ワン・ホーンであるため、マイルスの歌心やトランペティズムが充分に表現されていて、聴いていて楽しくなり強面のマイルスとお近づき出来たような気分になります。

1曲目 "Will You Still Be Mine"。マット・デニスの曲で、トム・アデーア作詞の面白い歌です。「○○(とてもありえないようなこと)があったとしても」というフレーズを積み重ねていき、「それでもあなたは私のものかしら?」と落とす、六難九易のような内容。面白い歌詞なので紹介します。

恋人達が5番街を長々と歩くデートをしなくなっても、
この親しみに満ちた世界が終わりを告げても、
それでもあなたは私のものかしら?

タクシーがセントラル・パークの周りを走らなくなっても、
夏の宵闇に窓が明かりを灯さなくなっても、
愛がその秘密の火花を失ってしまっても、
それでもあなたは私のものかしら?

ハドソン川にかかる月がロマンチックでなくなり、
春が若者の空想を掻きたてる事もなく、

グラマーガールがその魅力を失っても、
サイレンが全て誤報になってしまっても、
恋人達が腕を組む気が失せてしまっても、
それでもあなたは私のものかしら?

コニー・ヘインズがトミー・ドーシー楽団で歌ったバージョンでは、さらに「ありえないこと」を追加して楽しい歌に仕上げています。

さてマイルスもまた、この曲のヒューモラスな面を理解して、軽妙に吹き流していきます。バックのオスカー・ペティフォードが、後のポール・チェンバースとは違って圧倒的な音量でゴンゴンと迫ってくるところも面白い。レッド・ガーランドもシングル・トーンで転がるようなソロを取っています。クインテット編成時に、マイルスはアーマッド・ジャマルに出馬を要請していたのですが、シカゴに安定した仕事を持っていたジャマルに断られ、レッド・ガーランドを迎えたそうです。また、ガーランドはボクサー出身であったので、よくマイルスにスパーリングの相手をさせられていたようです。

2曲目 "I See Your Face before Me" は一転バラード演奏。マイルスはものすごいピアニッシモで抑制されたテーマを吹きます。ピアニッシモが甚だしいので、雑音の多いところで聴いたらマイナス・ワンに聴こえるほどです。そのままレッド・ガーランドのカクテル・スタイルのピアノに移り、後テーマを同じくピアニッシモで吹いて終わります。3曲目はマイルス・オリジナルの "I Didn't"。 "So What" にも匹敵するシンプルなタイトルぶりの循環。フィリーが後半の4バースで張り切ります。

4曲目の "A Gal in Calico" は、その魅力的な演奏でしばしばテレビのBGMにも使われているトラックです。しかしここでのマイルスのミュートは凄い。トランペットでもサブトーンというのでしょうか、下のほうで広がっていく音の魅力が一杯です。晩年に世界ツアーで吹いた「タイム・アフター・タイム」でもこのサブトーンが出ていましたが、全く変わらない音色に驚きます。

5曲目の "Night in Tunisia" は有名なジャズ曲。作曲者のディジー・ガレスピー以来、この曲はハイノートを目一杯に突き上げ、「元気があれば何でも出来る」アントニオ猪木状態で吹くのが伝統ですが、マイルスはやはり抑制感をもたせてハイノートを連発するような体育会系の演奏はしていません。一箇所突き上げるところはありますが、それ以外は旋律を大切にした綺麗なソロです。ガーランドはなんだか早々にブロックコードに入っていますね。そしてここでもバックのオスカーが力強くベースをランニングさせています。フィリーのマイルスの4バースを終え、サビからテーマに戻ります。

6曲目 "Green Haze" は再びマイルスのオリジナル曲、といってもブルースです。この曲は最初にレッド・ガーランドがソロを取り、マイルスが二番手です。途中からダブルになりますが、マイルスのストレートなブルース・プレイもなかなか味がありますね。オスカー・ペティフォードもごつい音でソロを取り、マイルスに戻って終了。

じっくり聴けば聴くほど味の出てくるマイルスのワン・ホーンセッションでした。近々再発されるようです。

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2007年09月14日

Mal Waldron: Left Alone (Bethlehem)

Left Alone

死者を悼む歌をエレジー(elegy)といいます。英語で書かれた3大エレジーと言えば、トマス・グレイの "Elegy Written in a Country Churchyard"(「墓畔の悲歌」), アルフレッド・テニスンの In Memoriam(「イン・メモリアム」), そしてホイットマンの "When Lilacs Last in the Dooryard Bloom'd"(「ライラック・エレジー」)ですが、ジャズの3大エレジーといえばなんでしょう?私が思うには、「ジャンゴ」「クリフォードの思い出」そして「湯の町エレジー」です。まあ、最後のは冗談ですが、この前の授業で英米文学3大エレジーの話をしていて、「ライラック・エレジー」の代わりに「湯の町エレジー」といったらノートに取っている学生がいて慌てました。近江俊郎を知る学生も今はいないんですね。実際には何がふさわしいでしょうか?「バディー・ボールデンの思い出」("I Thought I Heard Buddy Bolden Say")なども味わい深い名曲ですが、前二つほどポピュラーでもないし、取り上げられる機会も少ない。"He Loved Him Madly" もその後頻繁に取り上げられている曲ではないし、"The King Is Gone" にもそれほどのポピュラリティーがあるとは思えないわけです。

むしろ、アルバム一体としては、今日取り上げる『レフト・アローン』がビリー・ホリデイへの追悼盤として著名であり、「レフト・アローン」という曲もしばしば取り上げられるので、3大エレジーの一角に食い込ませてもいいのではないかと思います(って、ジャズ3大エレジー論争なんてないのですが)。ただこの曲は、ビリーへの追悼曲ではなく、ビリーの生前に書かれた曲である点でいまひとつしっくりこない。さらに驚いたことにAmazonのレビューを見ていたら、「レフト・アローン」のセッションもビリー存命中のものだったという記事があって(2曲目以降のトリオ演奏は死後ですが)、このレビュアーが日時を捏造する必然性も全くないのでおそらく本当だとすると、ますますこれがエレジーでいいのかという疑念は強くなります。が、まあいいでしょう。枕なんですから 8)

このアルバムの冒頭1曲目にしてタイトル曲の「レフト・アローン」。とても哀愁たっぷりの魅力的な演奏です。リーダーはマル・ウォルドロンですが、ビリーのパートをアルトで吹くジャッキー・マクリーンが全部持っていってしまいました。『サムシング・エルス』の「枯葉」みたいです。非常に人気の高いアルバムですが、こうも人気が高いと「人の知らないことを知ったかぶりする快感」に支配されがちのジャズファンの中には色々とけちをつける人が出てきます。いわく、「日本人好みの曲想だ」。自分がアメリカ人になったつもりで書いています。いわく、「軟弱マクリーンだ」。フリーでも聴いていてください。いわく、「盤が磨り減る前に飽きる」。SPと違ってLPが磨り減ったの見たことないんですが、針圧間違えていませんか?

2曲目 "Cat Walk" は1曲目の陰に隠れていますがなかなかの名演。特にベースのジュリアン・ユーエルが頑張ってウォーキング・ベースにソロに活躍します。ただA面3曲目以降はあまりピンと来る演奏がなくて残念。でも冒頭に曲の魅力で充分です。

ちなみに、冒頭で述べた3大エレジーのうち、テニスンの『イン・メモリアム』は学友の死を悼んだ詩であり、ホイットマンの「ライラック・エレジー」はリンカーンの死を悼んだエレジーです。

Amazonのユーズドではとんでもない値段をつけているので買う必要はないです。いずれすぐに再発されます。下のリンクは「録音日時の問題」が指摘されているレビューが乗っているので貼りました。

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2007年09月13日

Fletcher Henderson: A Study in Frustration

Fletcher Henderson

お上が辞めるそうなので、私も書こうと思っていた記事を引っこめて、今回はフレッチャー・ヘンダーソンの『挫折の研究』について書くことにしましょう

フレッチャー・ヘンダーソン。80年以上も昔にジャズ・オーケストラを組織したジャズ史上の巨人です。そのスタイルは後にベニー・グッドマンが編曲を譲り受け空前のスイングブームを巻き起こしたことからも分かるように、ブラス・セクションと木管セクションによるコール・アンド・レスポンスと、その合間を縫って名人がホットなソロを取るという普遍的なものでした。エリントンが「ワン・アンド・オンリー」で各メンバーの出す音色すら考慮して取替えが利かないまでに練り上げたものであるのに対し、ヘンダーソン(そして編曲者ドン・レッドマン)のスタイルはジャズ・バンドの標準的スタイルとなったわけです。そして人材もルイ・アームストロング、ロイ・エルドリッジ、コールマン・ホーキンス、チュー・ベリー、ベン・ウェブスター、ベニー・カーター、ジミー・ハリソン(ジャズ・トロンボーンの父)、ジョン・カービー、ウォルター・ジョンソン、カイザー・マーシャル、そしてアートブレイキーに至ります。油井先生はこれを「『フレッチャー・ヘンダーソンに雇われたことがある』という経歴は、お役人の『東大卒』の肩書きと同様、ジャズのエリートを象徴した時代があったのだ」と上手く説明しています。

このフレッチャー・ヘンダーソン楽団の歩みを、1923年から1938年までコロムビアに吹き込んだ録音を集大成した4枚組みボックス・セットがこの『挫折の研究(A Study in Frustration)』です。しかしアルバムのタイトルとして『挫折の研究』とはずいぶん縁起が悪い。タイトルをつけたのはジャズ史上最大のプロデューサー、ジョン・ハモンド。タイトルの理由はフレッチャー・ヘンダーソンが最高のメンバーと音楽を擁しながら、挫折を続けてきたことにあります。



全米娯楽の中心地でありながら、純ジャズ的には不毛の地にひとしかったニューヨークで、エセル・ウォーターズの伴奏コンボを率いていたヘンダーソンが、みようみまねでダンス・バンドらしき演奏をおぼえ、名編曲者ドン・レッドマンを得て1923年夏クラブ・アラバムにデビューし、翌24年秋シカゴから招いた天才青年ルイ・アームストロングを通じて、はじめてジャズ・イディオムの真髄にふれ、以後10年間他の追随を許さぬオーケストラに成長し、不況のため挫折。数年間売り食いの生活ののち、ベニー・グッドマンに譲り渡した過去のアレンジが空前の「スイング・ブーム」を巻き起こしたため再起。最高の演奏を続けながらも他のバンドほどに人気を獲得できず再び挫折。ついにフンドシを貸し与えたベニー・グッドマンに拾われるが、眼の手術を受けるために退団。50歳にして振り出しに戻り、今は老女となったエセル・ウォーターズの伴奏者として巡業の旅にのぼった末、中風のためにたおれ、クリスマスの鐘の音をききながら54歳の生涯を閉じる(油井正一『ジャズの歴史物語』)



なぜこれほどの不運と挫折に見舞われたのか。アフリカ系アメリカ人でありながらも、名家の生まれでお坊ちゃん育ちであった彼には次のようなネガティブな面があったと油井先生はまとめています。



1) 数字に弱かった。マネージメントも悪かったが、しばしばタダ働きをした。

2)統率力に欠けていた。メンバーは個性の強い連中が揃っていたから、掌握力のなさが目立った。メンバーの遅刻や無断欠勤が多くなり、これがよく契約キャンセルにつながった。

3)のち「ローズランド」をはじめホール経営者は、ヘンダーソンのリーダーシップに疑念を抱き、契約をしなくなった。



また、1928年の交通事故で鎖骨がポキッと折れて、これが精神力までポキッと折ってしまい、「やる気」がなくなったことも指摘されています。レスター・ヤングとの契約までこぎつけ、入団させたのにも関わらず、メンバーがレスターの進歩性に気づかずにギャーギャー騒ぎ、押し切られる形でレスターを退団させてベン・ウェブスターを後釜に入団させたところなども、リーダーシップ不足の面目躍如です。

ここまで書けば分かると思いますが、お上にそっくりです。ただ一点違うのは、フレッチャー・ヘンダーソンの音楽はど真ん中だった。一流だった。今聴いてもすごいと思えるところです。4枚組み全64曲なので全部は取り扱えないですが何曲かポイントとなる曲をピックアップしましょう。(面倒なので何枚目の何面何曲は書きません)

"Everybody Loves My Baby" はサッチモがはじめて声を吹き込んだ録音だといわれています。 "Sugarfoot Stomp" はビッグ・バンド・スタイルの標準ともなる名アレンジ+名演で、サッチモのソロも際立っています。"The Stampede" はサッチモ退団後の演奏ですが、この時期としては最高の演奏です。"Henderson Stomp" には面白いエピソードがあって、ある日ハンバーガーショップでしょんぼりしているファッツ・ウォーラーを見かけたので、どうしたのかとヘンダーソンが尋ねると「食欲に任せて12皿のハンバーガーを食べてしまったけれど、お金がない。ここの支払いをしてくれたら曲を進呈するよ」。ということで進呈されファッツ自身も客演した2曲のうちの1曲です。"Rocky Mountain Blues" はこのバンドの最高傑作のひとつ。素晴らしい躍動感と整然としたアンサンブルに驚かされます。"I'm Coming to Virginia" は白人コルネットのビックス・バイダーベックにあこがれて吹き込んだ曲。ペットの担当はジョー・スミスという、これまたビックスに通じるクールなトーンを持ったトランペッター。ちなみに、ジョン・ハモンドはサッチモよりもジョー・スミスが上といっています。"Singin' the Blues" も同様にビックスの演奏を模範として吹き込まれた演奏。トランペットはボビー・スターク。"King Porter Stomp" は計3回吹き込まれているこのバンドの代名詞的演奏。のちにベニー・グッドマンがバニー・ベリガンをフィーチャーした名演を吹き込んでいます。"Christopher Columbus" は有名なベニー・グッドマンの「シング・シング・シング」中間部に挿入されたことでも知られた曲。ロイ・エルドリッジが、チュー・ベリーが、バスター・ベイリーが不朽のソロを取ります。そして"Stealin' Apple"。チュー・ベリーの代表的ソロが聴ける演奏で、パーカーも好んで聴いていたそうです。

現在CDは廃盤。でも丹念にレコード屋を回れば置いてあるはずです。私も10年ほど前にLPで手に入れました。それまでは油井先生が1曲ずつ解説したラジオ番組のエアチェックテープを聴いていたのですが、ちょっとした手違いで家族に捨てられてしまったことは前に書いたかもしれません。それでこの辺の曲をしっかり記憶しているんです。

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2007年09月12日

Harry Edison: The Inventive Mr. Edison (Pacific)

Mr Edison

9月に入ってから雨が続きますね。そうです「9月の雨」です。 "September in the Rain"。ジョージ・シアリングは有名ですが面白くない。たまには若い人を取り上げようと思って、ロイ・ハーグローヴの『パブリック・アイ』を探したけれど見つからない。ひょっとしたら、学生に貸したかもしれません。いまから10年前ぐらい、学バンのトランペッター達は口を揃えて「ロイ・ハーグローヴが好きです」と答えていました。そんな一人に貸したのか、とにかく見つからない。おまけに現在では廃盤になっているようです。その代わりというわけではないのですが、ハリー・"スイーツ"・エディソンが「9月の雨」を吹いたアルバムがこれです。

「中間派」という言葉があります。これは純然たる日本発の用語で、発明は大橋巨泉氏といわれています。その内容は、「モダン・ジャズの時代に入ってもスイング・スタイルでやっていた人々のセッションだが、古色蒼然たるスタイルではなくモダンなフレーバーも取り入れたスタイル」というもので、バック・クレイトン、ヴィック・ディッケンソン、バディー・テイト、ルビー・ブラフ、そしてハリー・エディソンなどによるセッションのことを指します。ベイシーアイツが多いのは、もともとベイシー・バンドがモダンに近かったということでしょう。中間派とはミュージシャンやスタイルそのものを指す言葉ではなく、セッションの方向性を指す言葉と考えるといいでしょう。

このアルバムもそんな「中間派セッション」の一つで、西海岸の名門クラブ「ヘイグ」でのライブ録音です。メンバーは"スイーツ"のほか、アーノルド・ロス(p)、ジョー・カムフォート(b)、アルヴィン・ストーラー(ds)で、録音日時は53年の7月1日となっています。

A面1曲目の "September in the Rain" は、中間派の魅力が充分に表れた演奏です。ミディアム・テンポで余裕があるんですね。こういう演奏を聴きながら雨の日に屋内で過ごす気分はまた格別です。2曲目の "S' Wonderful", 3曲目の "Just You, Just Me" も同じくリラックスした演奏で楽しい。4曲目 "Indiana" はバド・パウエルの名演、そして「ドナ・リー」の元歌としても有名ですが、実は1917年作の超古い曲。チョッパヤのテンポでスイーツが張り切ったソロを取ります。「12番街のラグ」のフレーズを引用したり、リフを積み上げていったりと縦横無尽なソロ。続くピアノ・ソロでは、後半まんま「ドナ・リー」のフレーズが出てきて面白い。ドラムとペットの4バースを経てテーマに戻って終わり。古い曲のため逆にモダン風味が強い演奏になっているようです。

B面1曲目の "Pennies from Heaven"は、A面の「インディアナ」とは反対にスイング時代のジャム・セッションなどでもよく取り上げられたのですが、ここでは逆に一番伝統的でスイングスタイルの風味が強い演奏になっています。こういうところが面白い。2曲目はバラードの "These Foolish Things"。スイーツのメロディーと一緒にピアノやベースも自由に間を埋めながら歌っています。アドリブに入ると、かなり自由に崩して、一時「ウィロウ・ウィープ・フォー・ミー」になったり、ブルース・リフを繰り出したりとやりたい放題です。ピアノが半コーラスソロを取った後、サビから再びスイーツに戻して後テーマかと思いきやアドリブのまま吹き続け、コーダはパーカーがよくやるクラシックをもじったフレーズと "If I Had You" をくっつけておどけたエンディングです。3曲目は "Tea for Two"。リフの畳み掛けで盛り上がり、聴衆のものと思われる掛け声まで入っています。それに鼓舞されたのかベイシー楽団の「ティックル・トー」の一節を長々と引用してさらに盛り上がったソロを取ります。その後ピアノがソロを取り、再びスイーツに戻して1コーラスアドリブした後、後テーマをきっちり吹いて終わります。

「9月の雨」だけでなく、中間派セッションの魅力溢れるライブ盤。ジャケ違いですがCD化されていてボーナス・トラックもあるようです。

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2007年09月11日

Jackie McLean: Swing, Swang, Swingin' (Blue Note)

Swing Swang Swingin

ジャッキー・マクリーンはいつもピッチが怪しく、そこが魅力といえば魅力だったのに、晩年に固め打ちで出してきた新作ではピッチが正しくなっていて驚きました。サックスの師匠に訳を伺うと、アンブシュアを矯正したとの答え。サックス教室の生徒ならまず最初にやるアンブシュアの矯正を晩年までして事なかったということに驚きました。もっとも、マクリーンはなんとなくいつまでも少年のイメージが強く、マイルスの『自伝』を読んでも、いつも泣いているか、悄気ているか、拗ねているんじゃないかと思えるほど。そんな彼だから、晩年にやっとアンブシュアを矯正したというのも微笑ましいエピソードではあります。しかし、例えばプレスティッジの『4, 5, & 6』などピッチがずれ過ぎて「ワンワン」という唸りが発生するところがあって聴いていて辛いです。

今回紹介する『スイング・スワング・スインギン』でもピッチの怪しさは満載ですが、聴いていて辛いというほどではありません(当然ですが)。このアルバムは1959年自己名義でブルーノートに吹き込んだ3回のセッションのうち最後のもので、初めてのワン・ホーン物です。リズム陣はウォルター・ビショップ(p)、ジミー・ギャリソン(b)、アート・テイラー(ds)。最後のオリジナル曲を除いてはスタンダードとジャズ曲で構成されていることも特筆すべき点です。

1曲目は "What's New"。後にコルトレーンが『バラード』の中でしんねりむっつりとやりますが、マクリーンは対照的にハキハキと気持ちのよい演奏をしています。冒頭で一瞬レベルがオフった感じになりますが、おそらく録音の問題でしょう。テーマからソロに入り1コーラスやった後、ウォルター・ビショップのソロもよく歌っています。マクリーンの後ソロは冒頭でパーカーの手癖フレーズを出したり、ファナティックに上がった後タメながら下がっていく例のマクリーン節を全開にして盛り上がっています。このアルバムを象徴するような名演です。

2曲目 "Let's Face the Music and Dance" はアービング・バーリンの曲で、歌ではナット・キング・コールが有名です。マイナーから入っていってメジャーに抜けていく曲想で、マクリーンは速めのテンポでマイナーに傾いた感じのソロを取っています。ウォールターのソロもバドのフレーズを引用したりして乗りに乗っています。時計を逆回ししてパーカーのヴァーヴ時代に戻ったかのようです。

3曲目 "Stablemates" はベニー・ゴルソンの曲で、ジャズ曲としてはスタンダードの地位を得たともいえる名曲です。マイナーで哀愁に満ちた曲がマクリーンにぴったりで名演となっています。

4曲目の "I Remember You"。パーカーが「コンファメ・セッション」で吹き込んだワン・ホーンにもある曲で、パーカーに対するオマージュとなっています。テーマなどなんの衒いもなくパーカー風に吹ききっているところなんかむしろ潔くて素晴らしい。

5曲目はコール・ポーターの "I Love You"。6曲目はオスカー・ハマースタイン二世の "I'll Take Romance"。どちらも張り切った演奏が聴けます。

最後の "116th and Lenox" だけがオリジナルですがブルースです。116丁目レノックス街とはハーレムの街の名前で、マクリーンが生まれ育った街のことだそうです。

マクリーンど真ん中の名盤です。最近日本盤CDが再発されました。

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2007年09月09日

Johnny Griffin: The Kerry Dancers (Riverside)

The Kerry Dancers

朝青龍問題で揺れる大相撲ですが、新潟の災害のお見舞いに行って、重いものなんかを運ぶ手伝いをしているお相撲さんを見ると感動もありつつ微笑ましくなります。おばあちゃんが重いものを運んでいるのを見ると反対に痛々しくなる。何事もそうなんですが、10の力のある人が10のことをやるより、100の力がある人が10のことをやるほうが余裕が感じられて安心感があるわけです。

名前がゴリゴリしている上に、ハード・ブローイングが得意で、吹き比べセッションなどで乗ってくると「ブギャー!ボギャー!」と逸脱してしまうことの多いジョニー・グリフィンが、民謡を中心に据えてじっくりとワン・ホーンで吹き込んだこのアルバムにも同じようなことが当てはまります。普段ハード目にハード目に吹き荒んでいるグリフィンが、抑え目に抑え目に民謡などに取り組むと、高出力のアンプで小さく鳴らすような余裕とくつろぎが感じられる。実に味わい深い名盤に仕上がっています。メンバーはグリフィンのテナーのほか、バリー・ハリス(p)、ロン・カーター(b)、ベン・ライリー(ds)という構成で、吹き込みは61年の12月と62年の1月。

1曲目でタイトル・チューンの "The Kerry Dancers" はアイリッシュ・フォーク。パーカーが「ハイソサエティー」と並んでよく引用していたフレーズとしても有名です。ワン・ホーンということもあり、喧嘩腰でない、ゆったりとしたユーモラスなフレーズで楽しい1曲です。

2曲目 "Black Is the Color of My True Love's Hair" はニーナ・シモンの歌でも有名なアメリカ南部の民謡。スローなイントロから、イン・テンポでテーマに入りアドリブになります。トゥーファイブのところでパーカー風の16分を入れながら立派なジャズへと仕上げていきます。バリー・ハリスもいつもの通りツボを押さえた地味目のソロを取りますが、滋味が溢れています。

3曲目 "Green Grow the Rushes" はスコティッシュ・フォーク。イントロとテーマはスコティッシュ・フレーバー全開ですが、アドリブに入るといつものバップになります。ただ、コーラスのつなぎ目で元歌を示すようなストップタイムが入って面白い。ハリスも軽快なソロです。

さて、4曲目です。"The Londonderry Air"、別名「ダニー・ボーイ」。私はこの曲がかなり好きで、以前に石田衛君がホテル・ラウンジでやっていたライブを聴きに行った時にも、お願いしてこの曲をやってもらいました。コーラスの後半25小節目の一拍で、上の3度(歌で言うと "'Tis I'll be here" の "here" のところ)に上がる時思いっきり強く、情緒なく上がる演奏や歌が多いのですが、ここでのグリフィンもライブでの石田君も、あるいはビル・エバンスもここをソフトに演奏することでテクスチャーに深みを出しています。と同時に単なるムード・テナーやカクテル・ピアノに陥らないのもこうした理性というか抑制感があるからなのでしょう。テーマが終わるとバリー・ハリスのソロですが、これがまたよい。ハーモニックなアイデアを駆使して響きを広げつつ半コーラスソロを取ります。続いて残りをグリフィンがアドリブというよりフェイクでソロを吹きますが非常に感動的です。

5曲目からはB面で、こちらでは民謡を取り上げていませんがムードは繋がっています。特に名曲・名演といえるのが7曲目の "Hush-a-Bye" (「ハッシャ・バイ」)で、その後グリフィンが何度も取り上げている名曲です。マイナーで哀愁の漂うメロディーなので、日本人向きだと思いきや、グリフィンがコペンハーゲン時代にこの曲をやると、お客が踊りだしたそうです。確かに北欧民謡風のイメージを持った曲ですね。作曲はあのサミュエル・フェイン。

テナーのワン・ホーン物としては極上の部類に入る名盤です。

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Carmen McRae: The Great American Songbook

The Great American songbook

ビリー・ホリデイを別格とすると、三大女性ジャズシンガーといえばエラ・フィッツジェラルド、サラ・ヴォーン、そしてカーメン・マクレエということが出来ます。エラとサラについてはすでに記事を書いたので、今回は、カーメン・マクレエについて書いてみましょう。カーメンについて寺島さんが面白いことを書いています。いわく、「彼女の歌を聴くと、日本語を聴いているように歌詞が理解でき、英語が得意になった気分になる」と。確かめてみようと、英語の授業で学生に彼女の歌の聴き取りをやらせましたが、他の歌よりもずっと正解率が高かったので驚きました。その理由として、語を一音一音はっきり発声することと、彼女独特の歌い方、すなわち「レチタティーヴォ」といって語るような歌い方が挙げられます。以前のアルバムでハリー・コニック Jr.とのデュオがあったんですが、ハリーのほうは南部訛も強くて聴き取りづらかったのにたいして、カーメンのパートになったらたちまち歌詞が理解できたということもありました。

今回紹介するアルバムは、1972年ロサンゼルスのクラブ「ドンテ」でのライブを録音したもので、アメリカの様々な名曲をジャズに仕上げて歌っていることからこのタイトルが付けられました。編成もジョー・パスのギター、ジミー・ロウルズと曲によってはカーメン本人のピアノ、チャック・ドメニコ(b)、チャック・フローレス(ds)という小編成で、録音のよさとあいまってクラブの雰囲気が横溢しています。うちの安いキカイでも、隣の部屋で流しているのが洩れて聴こえると本当にそこでやっているように聴こえるほどです。

1曲目 "Satin Doll" はエリントンとストレイホーンの曲。ベースだけを従えて歌いだし、2コーラス目にギター、ピアノ、ドラムが入ってジョー・パスのソロになだれ込むところが心憎い。

2曲目 "At Long Last Love" はコール・ポーターの同名ミュージカルの主題歌。

3曲目 "If the Moon Turns Green" はビリー・ホリデイが歌った歌ですが歌詞が違います。ピアノはカーメン本人。

4曲目の "Day by Day" も有名なスタンダードで、トミー・ドーシー楽団のアレンジャーでもあったポール・ウェストンの曲。

"What Are You Doing the Rest of Your Life" (5曲目)は映画リチャード・ブルックスの映画「ハッピーエンド/幸せの彼方に」の主題歌で、ミシェル・ルグランの作曲。伴奏のジョー・パスは、カーメンも述べているように素晴らしい演奏です。

6曲目 "I Only Have Eyes for You" はハリー・ウォーレンの曲で、ビリー・ホリデイも歌ったスタンダードですが、フラミンゴズのドゥーワップで有名になりました。歌詞を作り変えて歌っています。

7曲目はメドレーで "Easy Living", "The Days of Wine and Roses", "It's Impossible" が歌われます。前の2曲は大スタンダードですが、"It's Impossible" はエルビスが歌ったラテンナンバーだったと思います。作曲者もアルメンド・メンザネロというメキシコのボレロ作曲家です。

8曲目 "Sunday" はジュール・スタインの曲でシナトラの『スイング・イージー!』でも歌われた古いスタンダード。

9曲目レオン・ラッセルの "A Song for You" は、以前からカーペンターズの歌で聴いたことがあり、心を打たれましたが、ここでのカーメンも素晴らしいです。これぞ「母国語で歌われているように歌詞が入ってくる歌い方」の典型でしょう。また、カーメンの特徴としてよく挙げられるのが「詞に対するアイロニカルな対応」というものがありますが、この曲にその特徴がよく表れています。アルバムのベストトラックと呼べる1曲です。最近もハービーさんがクリスティーナ・アギレラと吹き込んでいます(アルバム『ポッシビリティーズ』)

10曲目 "I Cried for You" もジャズの大スタンダードで、ビリー・ホリデイは『奇妙な果実』の中で、この歌でサラ・ヴォーンと勝負して圧勝したと書いています。まあ、あの自伝はインチキ臭いんですがね。

11曲目 "Behind the Face"、12曲目 "The Ballad of Thelonious Monk" はジミー・ロウルズの作曲とクレジットされているので、このアルバムのオリジナル曲でしょう。「モンクのバラード」では途中で「ブルー・モンク」の一節が引用されたりして楽しくやっています。

13曲目 "There's No Such Thing as Love" はアンソニー・ニューリーとイアン・フレーザーの曲。14曲目は、バート・バカラックの有名な "Close to You"。元歌とだいぶ違います。15曲目 "Three Little Words" もビリー・ホリデイで有名なスタンダード。16曲目 "Mr. Ugly" はノーマン・マップの曲でカーメンがピアノを弾いています。17曲目 "It's Like Reaching for the Moon" は再びビリーの吹き込みで有名なスタンダード、そしてラスト、 "I Thought about You" も大スタンダードで、マイルスも『いかついお爺様が』、じゃなくて『いつか王子様が』で吹き込んでいます。

昔から、カーメンを最初に聴くなら『ブック・オブ・バラーズ』、『アフター・グロウ』、そしてこの『グレイト・アメリカン・ソングブック』だといわれています。極端な人だとこの3枚があればOKという人もいます。それは甚だしい意見であるにせよ、この3枚はマスト・アイテムでしょう。

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2007年09月06日

Keith Jarrett: At the Deer Head Inn (ECM)

Deer Head Inn

ジャズを聴いていると、否応なしにジャズ・ジャーナリズムにも巻き込まれて行くことになり、読みたくもない論争を読まされて、ない頭で考える羽目になることがあります。古いところでは「キース・ジャレットはジャズか否か」をめぐって油井先生と岩浪洋三氏が衝突して『スイング・ジャーナル』誌を賑わせ、そこへオスカー・ピーターソンまで参戦してキースをこき下ろすや、読者欄から反オスピーの狼煙が上がりそれがまた本文記事へと波及していくなんてことがありました。この時は新進気鋭の若きキースを老人が叩き、若い読者が反論するという形でしたが、後には若いウィントン・マルサリスがキースを酷評し、キースがそれを諭しながら反論するという事件も起きました。一見かつての若手が老齢になり、新しい若手から叩かれているように見えますが、若手とはいえウィントンはとんでもない保守反動路線なので、ひょっとしたら構造は同じなのかもしれませんね。

どちらの論争でも主人公であるキースの音楽には,どこかコントロヴァーシャルな部分があるのかもしれません。確かに『ケルン』全体や「マイ・バック・ページ」を聴くと、叙情性べったりというか、没入しすぎて対象と距離が取れていないようなところがあって時に鼻につきます。ハービーはいくらファンク路線をひた走っても、どこかでそれを冷静に眺めている目がありますし、チックはスパニッシュな曲をやっていても、どこかでそれをメソダイズしようという意図が見えます。ところが若き日のキースは曲に没入するというか、完全インプロの場合は手癖と「甘ったるい」メロディーに淫して対象化しえていない時があります。しかし80年代に入って「スタンダーズ」シリーズを吹き込むようになると、この辺の距離というか対象化が上手くなってきて、ジャズ的興味が増してきました。

「スタンダーズ・シリーズ」はかなり多くて、そのどれも甲乙つけ難く、逆に言えばどれを聴いてもいいのですが、私が一番好きなのが今日紹介する『アット・ザ・ディア・ヘッド・イン』です。「ディア・ヘッド・イン」とはライブハウスの名前で、キースは高校を卒業して電気メーカーに勤めていた頃、このクラブのハウストリオとして雇われたのが世に出るきっかけだったと彼自身ライナーで書いています。それから30年、1992年の9月16日に思い出のライブハウスで行われた演奏を録音したのがこのアルバムです。こういう思い出の小屋でやるときというのは格別で名演が生まれないわけがない。

またこのCDは音がよい。キースのタッチにしろ、ベースやドラムの動きにしろ、かなり詳細に捕らえている録音技法です。ジャズでは普通すっ飛ばされてしまうような最弱音のタッチなどもばっちり捉えられていて、最初聴いた時には魂消ました。さらに選曲がいい。得意曲を並べているのではなく、多岐にわたる曲を網羅しながら、一つとしてやっつけ仕事がないのが凄い。特に4曲目 "You Don't Know What Love Is" では、元曲と全く離れたインプロヴィゼーションの塊がでてきます。また6曲目 "Bye Bye Blackbird" はマイルスに匹敵する演奏に仕上がり、アンコールのようにして始まる "It's Easy to Remember" では念入りなタッチが見事に捉えられています。そう、念が入っているわけです。入念です。入念の選曲、演奏、そして録音があいまって、このアルバムは傑作中の傑作に仕上がっているわけです。隠れた名盤、あるいは隠れなき名盤というのは、こうしたものを指すのです。

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2007年09月05日

Tommy Flanagan: Sea Changes (Alfa Music)

Sea Changes

これまでも少し書いてきたように、高校時代インチキ・アルバイトをしてはお金を貯めてライブ(というよりコンサートですね)によく出かけていました。ベニー・グッドマン、サラ・ボーン、MJQ、そして寒風西新宿マイルス、近藤等則など、どれも印象的でしたが、最も印象的だったのはビル・エバンスの来日コンサートでした。なぜなら、直前に亡くなってキャンセルになってしまったのですから。この件についてはいずれエバンスの項で書こうと思っています。こんなにフラフラ出かけられたのは結局「生活費」を親がまるがかりで見てくれているからということが大学に入ると痛感するわけです。

大学に入ると、一人暮らしで学費や生活費を自分で面倒見なければいけないので、一気にコンサートやライブに足を運ぶ機会が減りました。それどころかスレテオ道具も持ち込めない寮生活だったので、実家で何本かダビングしたテープを延々聴く生活ですから、ライブなんてとんでもない。それに諸活動と勉強があるので時間もなく、ほとんど行けませんでした。

その反動で、仕事についてからは頻繁に出かけるようになり、今回紹介するアルバムのプロモーションを兼ねてトミフラがブルーノート東京に来た時も出かけました。ブルーノートに一人で行くのは精神上不可能なのですが、ネットを通じてジャズ仲間ができるのはこの後のことなので、この頃のライブには学生を連れて行きました。帰りが遅くなるので男子学生のみです。行く前にこのCDをテープに録って渡し、当日までに聴いてくるように課題を出したりしました。全くやくざな教師です 8) ライブ会場では寺島さんにお会いして少し話を伺えたりして非常に楽しいライブでしたが、トミフラが禁煙中ということで前列の灰皿を全部片付けられてしまい、「おいおい、『エクリプソ』のジャケはどうなんだよ?あんなでかいパイプ銜えていたくせに」とやや釈然としない思いもしましたがね。

このアルバムは、名盤『オーバーシーズ』のリメイクというか「現時点での『オーバーシーズ』」を吹き込んだもので、5曲が両アルバムに共通しています(「ヴェルダンディ」、「ダラーナ」、「エクリプソ」、「ビーツ・アップ」、「カマリロ」)。また7曲目の "Between the Devil and the Deep Blue Sea" (「絶体絶命」)も、『ハロルド・アーレン集』で演奏しており、このときのプロデューサーはなんとヘレン・メリルです。さて、このアルバムのメンバーはクリス・クロス・レーベルでも活躍している4ビートの若手ピーター・ワシントン(b)とルイス・ナッシュ(ds)。ライブもこのメンツだったので寺島さんが聴きに来ないわけがない。案の定ルイス・ナッシュの横に陣取ってドラムを聴いていらっしゃいました。

このアルバムは日本制作盤でオーディオ・マニア・オリエンティッドでもあるのか、非常に音がいい。録音エンジニアはジム・アンダーソン。ドラムのスティックがシンバルに当たる時の「カツッ」というような芯の太い音まで捉えられていて、うちの安いキカイでも充分に再生されます。ピアノトリオの名盤、名録音盤といってもいいでしょう。いまは廃盤ですが、中古で安く手に入ります。

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Coleman Hawkins: Hawkins! Alive! (Verve)

Jericho

『相棒』という刑事ドラマが好きで欠かさず見ていますが、先日再放送でもやっていた「セレブ殺人」というエピソードでは「モノに執着することの不幸」を描いていて印象的でした。私自身、ジャズと関わってきて一番理解できないタイプの人々が「コレクター」といわれる人々です。あまりコレクターの悪口を言うと逆ねじを食らわされそうだし、そもそも他人の趣味に容喙するのは野暮なので、「セレブ殺人」を見ていただくことにしましょう 8)

このアルバムはMGM Verve の溝あり盤で持っています。はぁ?上で言ったことは何なんだ!と言われそうですが、実は血眼になって捜し求めたわけでもなければ、大枚を叩いて買ったわけでもなく、縁あって手元に来ているだけです。簡単に言えばこのレコードを聴きたいなと思って廃盤屋さんで買ったらそういうレコードだったってことです。もっともそっちの知識はないので、たまたま遊びに来た「コレクター氏」が裁定して帰っていったのを受け売りで言っているだけなんですが。原題は Hawkins! Alive" at the Village Gate 。「ホーキンスは生きている」なんて失礼なタイトルですが、彼は生前から伝説の人だったんです。邦題『ジェリコの戦い』のほうが日本のジャズファンにとっては馴染み深いタイトルです。

コールマン・ホーキンス、あだ名はビーン。「ジャズ・テナーの父」と呼べる人です。彼がフレッチャー・ヘンダーソン楽団に在籍していた1924年、ルイ・アームストロングがこの楽団に入りその天才的なプレイを披露しました。これを聴いたホーキンスは、天啓を受けがた如く悟るところがあり、それまでのリズム的にカクカクした感じのプレイだったものが、アームストロングとの共演を経て徐々にジャズ・テナーらしいスタイルに変貌していく様は、フレッチャー・ヘンダーソンの『挫折の研究』第1集に耳を傾けると明らかになります。1934年に渡欧し、スター・ソロイストとしてジャンゴ・ラインハルトやベニー・カーターらと演奏をし、戦雲が暗くなった1939年、再びアメリカに戻って吹き込んだ "Body and Soul"(身も心も)は歴史的名演となり、広範な影響をジャズ界に及ぼしました。特にベン・ウェブスターやレオン・チュー・ベリーはホーキンス派といってよく、レスター・ヤングを除くほとんどのテナー奏者の元となったのがコールマン・ホーキンスであるわけです。ビ・バップの時代になると、このトレンドに背を向けたベテランやバップを超えて次代に影響を与えたレスター・ヤングとは逆に、このバップイディオムを積極的に吸収し、ロリンズやコルトレーンにも深い影響を与えました。

1962年8月13日と15日、ニューヨークの名門クラブ『ヴィレッジ・ゲイト』で吹き込んだライブアルバムがこれです。メンツはビーンのほか、トミフラのピアノ、メジャー・ホリーのベース(この人はアルコで弾きながらスキャットを歌う奏法で有名です)、ドラムはエド・ロックです。A面冒頭は "All the Things You Are"。この曲は頻繁に転調する曲でコード感がもともと強いためにバップで好んで取り上げられます。パーカーが全編即興演奏で挑んだ「バード・オブ・パラダイス」はこの曲です。ビーンの場合はそんなことに囚われず、とにかくブフォーン、ブフォーンとテナーの音色を全開して吹いているところが魅力です。トミフラのソロはピシッと決まって心地よい。2曲目 "Joshua Fit the Battle of Jericho" は「ジェリコの戦い」という邦題のほうが有名な黒人霊歌です。この曲、無伴奏でビーンが一発目を吹いた後、左のスピーカーから飛び出してくるメジャー・ホリーのベースがとにかく太くて力があって凄い。ホーキンスのテナーも、「何で金属製のサックスが木管楽器なんだ?」という疑問を一発で解消してくれるように、リードの「木の音」がはっきり分かる音色でサックス好きにはたまりません。トミフラのピアノはちょっとオフった感じの録音ですが、エモーショナルなソロで思わず耳を傾けてしまいます。またホーキンスに合わせたのでしょうか、アール・ハインズのようなソロです。メジャー・ホリーの典型的なソロと続き、ビーンが自由なソロを取りつつテーマになだれ込んでいきます。

B面は1曲目が "Mack the Knife"。トミフラの可憐なイントロに続いて、ぶっきらぼうなテナーが出て来ますが、ところでこの曲は、つまり『サキコロ』の「モリタート(マック・ザ・ナイフ)」。どちらにも参加しているトミフラはどうしているでしょう?さすが!「モリタート」でのロリンズのフレーズを後半で引用しまくっています。ベースのソロを受けて後テーマに入ったビーンまで「ホーキンス風ロリンズ」で吹いたりしています。この辺の「ソースは隠さないどころか、積極的にパロディーにする」というジャズ的精神は、普段ジタジタと論文なんぞに取り組んで「影響とオリジナルの境」で精神を湿らせている人間にとっては、もう完全な癒し系音楽です。私のことなんですけれどね。

最後はホーキンスの典型的なバラード吹奏で演じられる、"Talk of the Town"。邦題は「町の噂」。縦方向のコードトーンを並べて吹くホーキンス・バラードは上でも触れた「身も心も」で顕著ですが、ここでも、老いたりとはいえその特色は健在です。

近代ホーキンスを聴くならこのレコードがいいかと思います。しかし伝説的「身も心も」はやはり多くの人に聴いて欲しいなと思います。

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2007年09月03日

Lee Morgan: Lee Morgan Vol. 3 (Blue Note)

Vol3

クリフォード・ブラウンの吹く「アイ・リメンバー・クリフォード」が聴きたいという笑い話が、ジャズ界にはあります。似たような話に、バディー・ボールデンの吹く「バディー・ボールデンの思い出」が聴きたいというのがありますが、どちらも故人を偲んで作られた曲なので、当人の演奏は聴ける筈もないところがポイントなわけです。おまけに、バディー・ボールデンにいたっては伝説だけで録音が残っていないので二重におかしい話となります。これをヒントにして「Youの歌う "I Remember You" を聴きたい」といったら、「だったらYouに頼めばいいじゃないか」と言い返されたことがあります。違いない。ちゃんとものを考えてから発言しないといけませんやね。

アリソン・フェリックス嬢の活躍を祝して、リー・モーガンを続けて紹介します。名曲 "I Remember Clifford" は、クリフォード・ブラウンの急逝の後、ベニー・ゴルソン(ts)が彼を偲んで作曲し、このアルバムでリー・モーガンが吹き込みました。あまりにも哀切極まりない曲想で大ヒットし、その後様々なミュージシャンが吹き込みました。ピアノ、テナー、ギターと様々な楽器で演奏されますが、やはりクリフォードをイメージした曲のせいか、トランペットでの演奏にその華があると思います。

このアルバムは全曲ベニー・ゴルソンによる作曲で占められています。ベニー・ゴルソンの作曲の腕は素晴らしく、魅力的な楽想の曲を数多く生み出しているのですが、不思議なことにテナーの演奏となるとさっぱりです。決してヘタではなく、楽器のコントロールもできているのですが、全然爆発しない、旋律性が感じられないジタジタした感じのソロになるのが不思議でなりません。メンバーはリー・モーガン(tp)、ジジ・グライス(as)、ベニー・ゴルソン(ts)、ウィントン・ケリー(p)、ポール・チェンバース(b)、チャーリー・パーシップ(ds)のセクステット(6重奏団)編成。57年3月のセッションです。クリフォードが亡くなったのは前年の6月です。

1曲目 "Hasaan's Dream" はイントロこそ中近東の雰囲気を出していますが、テーマに入るとマイナーブルースで、やがて来る「ファンキー時代」すら予感させます。それもそのはずで、ファンキー時代の重要な要素の一つが「ゴルソン・ハーモニー」つまり、ベニー・ゴルソンの作り出す和声進行なのです。ソロの先発はリー・モーガン。はつらつとしています。続いてジジ・グライスのアルト。最初は突拍子もない大胆な入りをしますが、後はなんとなくジャッキー・マクリーンのよう。ゴルソン先生は、まあ吹いています。

2曲目 "Domingo" はベニー・ゴルソンの先発。コールマン・ホーキンスのようなソロを取っています。続くリー・モーガンはやはりいいのですが「パーララ、パーララ」とクロマティックで上がっていく、初心者風の手癖がちょっと目に付きます。ジジのアルトは相変わらず軽い音色でちょっと不思議なフレーズを吹いています。ウィントン・ケリーのソロもいまいち爆発していません。

3曲目にして永遠の名曲 "I Remember Clifford"。テーマ演奏もさることながら、アドリブに入っても、元の曲想と馴染んで突飛な感じがせず、それでいて頻繁に裏に入ってもいる。実に上手いアドリブで、これが19歳の少年の演奏とは思えません。続くウィントンのピアノ・ソロも倍テンで軽快に弾き、元曲に変化をつけています。後テーマも哀愁が深く実によくできた演奏です。

4曲目 "Mesabi Chant" は34小節の構成で13-8-13という変わった構成です。そのせいかサビの入りでジジなど躓いているところもご愛嬌。これでゴルソンまで躓いたら洒落になりませんが。しかし8-12-16-32と聴き慣れている耳には、一瞬「え?」と感じさせる曲ですね。5曲目 "Tip Toeing" はいわゆるファンキーナンバーで16小節。ポール・チェンバースの地面にめりこむようなソロから、ゴルソンの吹き荒ぶテナー、またも入りが奇妙なジジのアルト、おどけたようなリーのペット、ブルースフィーリング溢れるウィントンのピアノを経て、ベース・ドラムのブレークを挟んでテーマに戻ります。

他の曲も悪くはないのですが、やはり "I Remember Clifford" 一発の魅力でこのアルバムは持っています。しかし、この1曲だけでもアルバム全体の価値に匹敵する、そんな名曲です。今月再発盤が出る予定です。

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Lee Morgan: Candy (Blue Note)

Candy

大阪で行われている世界陸上で活躍したアメリカ短距離のスーパー女子大生、アリソン・フェリックスという可愛らしい選手がいますが、彼女がどことなくリー・モーガンに似ているように見えて仕方ありません。笑うと可愛らしくてそれほど似ていないのですが、緊張しているとそのままトランペットを吹き出しそうな感じです。まあ、大げさに言っていますけれどね 8)

このアルバムはリー・モーガンのワンホーンものとして有名で、彼独自の甘くてちょっとワルなフレーズを堪能できる名盤です。吹き込み当時、弱冠20歳だったことも驚異的です。その後に続くジャズ天才少年のはしりといえるでしょう。メンバーはリーのほか、ソニー・クラーク(p)、ダグ・ワトキンス(b)、アート・テイラー(ds)、吹き込みは57年11月と28年2月の2つのセッションです。

1曲目はタイトル・チューンの "Candy"。リーの演奏を聴いていると「キュッキュッ」というようなすぼまった感じの音がよく聴こえるので、トランペッターに訳を訊くと、これは「ハーフ・バルブ奏法」といい、バルブを半分ぐらいまでしか下げずに息の詰まったような音を出す技法とのことでした。サックスにも「ハーフ・タンギング」といって、音を弱めるような軽いタンギングの奏法がありますが、これはアクセントのメリハリを息ではなくて舌でつけるための技法。一方のハーフ・バルブは音色に変化をつける技法でベンドやギターでいうチョーキングに近いそうです。

"Candy" はスタンダードですが、曲想とリー・モーガンの特質が見事にマッチしていて、彼のために書かれた曲だと思えるほど。ドラムのイントロのあと、リーのテーマに続いて、まずはソニー・クラークが先発ソロ。3連多用の球を転がすようなソロです。続いてリーのソロ。彼の持ち味が全開になったソロですが、最初中音域で渋く抑えておいて徐々に盛り上げていく構成に20歳とは思えない巧みなソロです。この曲では、アート・テイラーのブラッシュが大活躍しています。

2曲目の "Since I Fell for You" はR&Bのヒット曲。スタンリー・タレンタインが『ブルーアワー』でも取り上げていますが、ダウン・トゥー・アースな演奏。ピアノソロを経て聴こえてくるリーのソロはあちらこちらで引用されている有名なものです。

3曲目 "C.T.A." はジミー・ヒースの作曲の循環。マイルスがブルー・ノートに吹き込んだ演奏でも有名です。循環らしく、みな元気なソロを取っています。

4曲目はジェローム・カーンのスタンダード "All the Way"。スローな曲ですが2曲目のダウン・トゥー・アースな曲と違って哀愁のあるメロディーを持った曲を、リーはその哀愁を損なうことなく吹き上げていきます。先発はソニー・クラーク。コードの広げ方がレッド・ガーランドを意識したような感じもしますが、右手はやはり3連多用の彼独自のものです。リーのソロは "I Remember Clifford" のソロを髣髴とさせるような心のこもった綺麗なフレーズの連発で、味わい深い。酒場の隅で呑んでいて、こういうのが聴こえてくると、参ったという気持ちになりますね。

軽快で世俗的な曲の "Who Do You Love I Hope" が5曲目。これもスタンダード。リーのソロは冒頭からハーフ・バルブを多用してます。盛り上げつつリフを駆使し華麗なソロを取ります。6曲目 "Personality" もスタンダード。これも世俗的で小唄調の曲ながら、ソロに入ると世界が広がった感じがします。曲想に引っ張られずに楽想を展開していくリー・モーガン。見事としか言いようがありません。

おそらく、この若さと実力、そして「キャンディー」の可愛らしさから、リーからアリソンを連想してしまったのかもしれませんね。名盤でコンスタントに手に入りますが、来年ぐらいに日本では再発されるようです。下のCDは輸入盤です。

posted by G坂 at 00:06| jazz | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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